■「ハリーとトント」ポール・マザースキー

ハリーとトント [Blu-ray]

 元大学教授で72歳のハリーは,区画整理のためマンハッタンから強制的に退去させられた.愛猫のトントを連れ,ハリーは長男の家に世話になるが,義理の娘に気を遣ってそこを出た.シカゴにいる実の娘を頼ろうと考えたハリーだが,トントを連れて飛行機に乗るわけにいかない.しかたなく長距離バスに乗るが….

 学教授の性質にはカテゴリーがある.いかにも偏屈で学者然としたタイプ,研究者というより運動家と呼ぶべきタイプ,嫉妬深くて腹黒いタイプ,やんわりソフトな物腰で胡散臭いタイプ,学問的水準の高さと人格の高尚さが一体となったタイプ――いずれも,不相応に高すぎるプライドと名誉にしか興味がなく,哀れなほど臆病な人間たちである.

 人生の哀歓を集積する年代に到達しなければ,人生の機微は理解できないだろう.元大学教授ハリーは,妻と友人を喪い,残りの人生が先細っていくことを,何よりも自覚した老人である.喧噪のNYから都市化するシカゴ,煌びやかなラスベガスを通ってアメリカを横断する老人と猫.それだけの話だが,達観したハリーの精神の深さが,スローな映画を正当化している.

 多くの人物にハリーは会うが,触発されるほど彼は若くはない.かといって,若い娘や子どもに説教を垂れるほど,老害をまき散らしもしない.彼らの自主性を尊重しながら,訥々と助言するハリーの姿に,教授時代の学生に対する指導方針が透けて見える.現役を退いて,人が余生に求めるものは誰しも大差がなく,退職すれば,過去の栄誉など足枷でしかない.いかに周りの環境と調和しつつ,人生を閉じていく準備を整えられるかを静かに描いた映画である.

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原題: HARRY AND TONTO

監督: ポール・マザースキー

117分/アメリカ/1974年

© 1974 Twentieth Century-Fox Film Corporation