| 子供の頃,理髪店で至福の時を過ごして以来,女の理容師と結婚したいという願望を持ち続けてきたアントワーヌ.将来の夢は?と両親に尋ねられたアントワーヌは,「髪結いの亭主になる」と宣言し,驚いた父親にぶん殴られる.しかし彼の決意は固い.中年になり,彼はついにその夢を実現する.妻のマチルドは,優しくて美しく,ようやく夢を実現し理髪店の主人となる.十分に幸せな日々を送っていた.そして10年,この愛は何事もなく平穏に過ぎてゆくが…. |
女理髪師のふくよかさと体臭に魅せられた少年アントワーヌは,偶像崇拝の中に成長する.アントワーヌは,少年時代と初老期の2種類でしか描かれず,外見上の老化に反して,憧憬が彼の中の時間を停めている.本懐遂げて,女理髪師マチルドとの結婚生活は,サロン空間に幻想的な空気が流れ,現実感が乏しい.過去を断片的にしか明かさないマチルドとの蜜月が過ぎていく.
10年に及ぶ結婚生活の間,夫婦喧嘩らしい喧嘩はたった1度という信じがたさ.アントワーヌにとって10年は刹那の時間なのである.マチルドが営む理髪サロンは,存在根拠としての場所<トポス>というには蜃気楼の趣が強い.常連客と「死生観」の談義に興じたアントワーヌは,死を「バニラ風味のレモン」と喩えた.安穏な生活にも時間は忍び込み,気づかぬうちに年老いた自分を連れてくる.
店舗の老朽化,走った亀裂を見つけることにも老化が示唆され,「愛しているふりだけは絶対にしないで」と,マチルダはアントワーヌに釘を刺す.結婚生活が泡沫の夢と化すのは,マチルダの失踪と他界の不可解さ,有限の時を生きる人間という現実に対する拒絶.愛の断絶や哀歓ともいえぬメランコリックな官能を,パトリス・ルコント(Patrice Leconte)は核心的に凝視している.
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原題: LE MARI DE LA COIFFEUSE
監督: パトリス・ルコント
80分/フランス/1990年
© 1990 LAMBART Productions - TF1 Films Production
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