▼『囚人のジレンマ』ウィリアム・パウンドストーン

囚人のジレンマ: フォン・ノイマンとゲームの理論

 世界を動かすゲーム.国家間の紛争から企業や個人間の対立する利害までを,数学的に解析するゲーム理論.その成立と展開を,創始者フォン・ノイマンの生涯に,冷戦時代の米ソ対立を重ねて描いた興味つきないドキュメント.人類の生き残りを賭けた問題とも深くかかわるゲーム理論の現在――.

 適化を狙う個人の行為の結果が,必ずしも最適な選択とはならないことを示唆するゲーム理論.その数理的手法は,「悪魔的な頭脳」「ブダペストの火星人(常人離れの頭脳)」と畏怖されたジョン・フォン・ノイマン(John von Neumann)が,1944年に経済学者オスカー・モルゲンシュテルン(Oskar Morgenstern)の協力を得て完成させたと考えられている.同一の事件で逮捕され隔離された囚人A,およびBに対し,条件が提示される.

 仮に2人とも自白した場合には共に懲役5年,2人とも自白しなければ共に懲役2年の刑となる.一方が司法取引に応じ,もう一方が応じなかった場合には,自白した方は無罪,しなかった方は重科となるという思考実験的ジレンマ.2人とも黙秘を貫けば懲役は最短で済むが,自白をした場合には無罪となる魅惑的な選択があるために,利得と戦略の相互依存関係が生まれる.ノイマンとモルゲンシュテルンらの提示した数理論を紹介しながら,本書は罰則のメカニズム,サイド・ペイメント――約束を守ったら報酬が与えられる――の問題を論じていく.

 国家間や企業間の合理的意思決定に援用されるゲーム理論の面白さとともに,神童というほかないフォン・ノイマンのエピソードも強烈.コンピュータとの計算速度を競い,無限とも思えるジョークを蓄える.その人間性や人生の経路を明かした点も,本書の見どころとなっている.独立性公理を含む一組の公理体系を,ノイマンとモルゲンシュテルンは前提として記述した.しかし人間の直面するジレンマは,最適化を意図しながらも,判断に常に主観が介在していることの影響も大きい.

 選択と予期の結果のジレンマに,疑いと苦悩が人を迷わせる.プレーヤーを完全に合理的主体と想定する理論モデルでは,数学的な解析に馴染まない曖昧さ,ブレから洞察を得ることを目的とはしない.本書は科学的トピックを扱うが,それは哲学的問題とは明らかに違う.晩年のフォン・ノイマンは,現実の戦争が「空想的なジレンマ」――彼の理論でいう抽象的なゲーム――に接近していることに気づいていた.あらゆる状況における合理的な行動とは,常に裏切りの動機を内包する囚人のジレンマの徒桜ともいえるだろうか.

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Title: PRISONER'S DILEMMA

Author: William Poundstone

ISBN: 4791753607

© 1995 青土社