化石とはなにか――それぞれの時代を生きた人々が化石をどのように認識していたのかを丹念に跡づける.進化論のダーウィン,弄石家の木内石亭,天才レオナルド・ダ・ヴィンチ,そして哲学者アリストテレス……現代から古代まで,時代をさかのぼりながら,化石をめぐる物語を読み解こう――. |
古今東西の自然史家,博物学者を網羅的に紹介する本書は,日本では珍しい古生物学史書.生物起源である化石の本質は,前7世紀ころのギリシアの学者らがすでに看破していた.レオナルド・ダ・ヴィンチ (Leonardo da Vinci)や朱熹の研究を経て,地層の層序や岩相をもとに堆積環境や地史を明らかにする層位学の確立まで,化石を直接対象として地質時代の生物現象を研究する科学の歴史は古い.
日本地質学会理事,地質学史懇話会「会報」の編集長を務める著者は,貝形類(介形類)としてのカイミジンコの化石の研究から,古生物学史を志したという.本書は化石の定義に始まり,19世紀「近代的化石観のなかで」,18世紀「自然の遊び・自然の冗談」,16-17世紀「時を超えた天才」,16世紀「混沌と黎明」,中世と古代「すべての始まり」と年代を遡って地球史に位置づく古生物史を計る.
出色は,18世紀ドイツで起きた化石贋作事件「ベリンガー事件」を詳しく取り上げていることだ.ビュルツブルク大学の教授ヨハン・ベリンガー(Johann Bartholomew Adam Beringer)を陥れるため,同僚教授と図書館司書は,石灰岩を細工してトカゲやカエル,ハチ,カタツムリ,尾を引く彗星,三日月や顔のある太陽,ヤハウェを表す「YHWH」をラテン文字やアラビア文字,ヘブライ文字で刻んだ化石を偽造し,ベリンガーの手で発見されるように仕向けた.
神秘的な力で化石は形成される説(造形力説)を信じていたベリンガーは,疑いもなくこの「大発見」を21点の図版『リトグラフィエ・ヴィルセブルゲンシス』として1726年公表した.自分の名前が掘りつけられた化石を発見して,ようやく騙されたことに気づく.地質学への奉仕という応用面から出発した古生物学は,18世紀以降の博物学の発展と並行して進められたが,科学論理と法則性が樹立される百家争鳴以前に,多くの壁が立ちはだかっていたことが知れる.
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原題: 化石の記憶―古生物学の歴史をさかのぼる
著者: 矢島道子
ISBN: 9784130607513
© 2008 東京大学出版会