昭和30年代.国民航空労働組合委員長の恩地元と,副委員長の行天四郎は,団体交渉で社長ら経営陣と真っ向から対立.書記長の八木和夫ら同志は感激するが,恩地は取締役たちから憎悪される.首相帰国の同日にスト敢行という強硬策を指揮した恩地には,僻地駐在の報復人事が待っていた.10年後,500人以上の死者を出した墜落事故が発生.遺族担当係として,恩地は僻地から日本へ呼び戻される…. |
重厚さを欠く長大な作品.力作だが,大作と呼ぶには程遠い.かつてのナショナル・フラッグ・キャリアーとして輝かしい日航は,大破した翼で地に墜ちている.その企業体質は伏魔殿さながら,労組はパイロット,CA,地上職や整備職など職種別に,7つの旧来型組合と2つの御用組合に分派している.“アカ”呼ばわりされる原理主義的な組合と,経営側に取り込まれた組合が,共同戦線を張れるわけがない.1985年の御巣鷹山「日本航空123便墜落事故」を強く想起させる山崎豊子『沈まぬ太陽』を映画化した本作は,設定を微妙に変え「この作品はフィクションです」と強調しても,日航の腐敗した企業体質を「抉り出す」基本命題からは逃れられない.
1995年から1999年の『週刊新潮』連載中,批判や脅迫にも数多く見舞われた原作だが,これまで何度も映画化の企画が浮上しては潰えた.発行許諾の撤回,映画化,テレビ・ラジオ・ドラマ化の中止,日本航空と無関係の架空の小説であることの告知などを,弁護士を通じて原作者に強いてきた日航である.映画プロダクションに対しても沈黙は守らない.2000年に大映社長徳間康快が,東映との共同製作で映画化を発表したものの,徳間が死去したため実現しなかった.ドラマ化の企画も立ち消えになり,映画化にこぎつけた角川映画に対して,日航は「名誉毀損の恐れがある」と警告文を2度送りつけている.
恩地のモデルは,駒場祭初代委員長小倉寛太郎.原作は「組合分裂工作,不当配転,昇格差別,いじめ」などを白日の下にさらしたと評価されていた.保守的組合と御用組合の違いは,露骨な差別人事で「踏み絵」をクリアした社員か否かが見極められる.多数の人命を預かる事業でありながら,実態は乱脈経営の限りを尽くしてきた航空会社は,政治家・官僚・上層部の癒着で絶対的ヒエラルキーを固守する鵺のような巨大機構.ノンフィクションの手法を模した原作を尊重した映画を期待すれば,がくりと肩を落とすことになる.社会悪を内包したマクロな視点を製作者がもちえないから,狭い視野とミクロな視点がフィルムに表現されてしまっている.
200分を超える上映時間,原作者の主な要望をすべて取り入れた表面的「努力」,撮影地は遠くパキスタン,イラン,ケニアに及ぶ地域にまで広げても,矮小な視点が改められない限り,映画全体が放つ訴求力は生まれてこないことを痛感する.長尺の映画は,人物の「群像」を描き切ることに成功しなければ,冗長に終わる.権力とモラルの海千山千の鬩ぎ合いの帰結を示すには,虚虚実実の闘争をプレゼンスする必要がある.恩地と行天の対照的な人生軸を頼りに人間の「叙事詩」を謳うことは叶わず,物語の根幹を支えるはずの配役に,力量の乏しいミスキャストが多すぎる.結果として,稚拙で軽薄な印象だけが残る映画となった.
++++++++++++++++++++++++++++++
原題: 沈まぬ太陽
監督: 若松節朗
202分/日本/2009年
© 2009 「沈まぬ太陽」製作委員会