| 名門企業の信じられぬ堕落!集団食中毒事件を引きおこし,酪農家と消費者の信頼を裏切った「乳業」.親会社の教訓に学ばず,牛肉偽装事件で自滅した「食品」.組織内でしか通用しない論理で動き,再生への道を歩もうとしても政と官に振り回される雪印グループの姿を通して抉る「日本の劣化」――. |
北海道が誇った乳業ブランド雪印乳業(後に雪印メグミルクに吸収合併).かつては日本全国に知られ,信頼される企業だった.2001年の売上高は5,550億円に達し,その内50%は飲用乳部門によるものだった.しかし,2000年に発生した「雪印・集団食中毒事件」により,名門企業の輝きは暗転する.続いて起きたBSE騒動と,2001年の「雪印・牛肉偽装事件」により,企業の信用は失墜した.なぜ,これほどのブランドが一連の醜聞に巻き込まれたのか.その背景には,企業文化と管理体制の深刻な問題が横たわっていた.2000年,雪印乳業が製造した乳製品から病原性黄色ブドウ球菌が検出され,国内史上最大級の集団食中毒事件が発生した.この事件では,約15,000人もの人々が被害を受けた.検査工程でのミスや製品管理の不備が原因とされ,消費者の健康と命を預かる企業としての責任が問われた.
さらに2001年,雪印乳業の子会社である雪印食品が,BSE(牛海綿状脳症)の発生に伴う国の牛肉買取り制度を悪用し,国産牛肉として偽装した商品を販売するという不祥事が発覚した.この「牛肉偽装事件」では,商品表示や伝票の偽装によって国の補助金を不正に受け取っていたことが明らかになった.この一連の不正行為は,企業としての倫理観の欠如を致命的に露呈した.雪印の創業者黒沢酉蔵が社員に訓示した「寒冷に耐える体力,無から有を生む情熱,いつ報われるかわからない努力,創意と工夫生む頭脳」 という言葉は,長らく雪印乳業の精神として受け継がれてきた.北海道という厳しい環境で発展した同社は,その精神をもって75年間にわたり成長してきた.しかし,ある時点から,その情熱と創意は腐敗し,傲慢さと消費者への背信に変わったのである.
大きな成功を収めた企業は,往々にして自己満足に陥り,消費者の期待を見失うことがある.雪印乳業も例外ではなかった.内部統制の不備,品質管理の軽視,そして経営陣の不正行為は,企業文化の根幹を揺るがす問題を抱えていたことを示している.2002年,食肉偽装事件が発覚し,消費者からの信頼を完全に失った雪印食品は,不買運動の高まりとともに解散を余儀なくされた.雪印乳業は,2009年に日本ミルクコミュニティと共同で株式移転による共同持株会社化を行い,雪印メグミルクとして再出発を図ったが,その過程でスポンサーを務めていたTV番組から撤退し,アイスホッケーやノルディックスキーなどのスポーツ支援も縮小せざるを得なかった.こうした一連の不祥事は,当時のJAS法の罰金額が低く,業者のモラルに大きく依存していたことを浮き彫りにし,法改正を促すきっかけとなった.
消費者は食品を「安全」「安心」を前提として求める.その上で,「味」「栄養」「健康への寄与」といった製品価値を「価格」とのバランスで評価し,健全な市場競争を期待している.この常識的な「感覚」を失った企業は,その存在意義を問われ続け,最終的には市場からの退場を余儀なくされる.雪印乳業(現雪印メグミルク)は,これらの試練を経て再び信頼を取り戻すために,品質管理の徹底と企業の倫理観の再構築に取り組んだ.企業としての透明性を高め,消費者との信頼関係を築くためには,何よりも消費者の声に耳を傾け,製品の品質と安全性を最優先に考える姿勢が求められる.北海道新聞の取材班が雪印の凋落を報じる際の葛藤は,同郷の企業に対する複雑な感情を反映している.しかし,消費者の目線で事実を報じることで,企業の再生と健全な市場環境の構築に寄与することが,地域に密着した言論機関としての誇りでもあった.
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原題: 検証・「雪印」崩壊―その時、何がおこったか
著者: 北海道新聞取材班
ISBN: 4062734761
© 2002 講談社
