| 19世紀末,南インドの小都市に,ひとりの天才が生まれた.彼の名は,シュリーニヴァーサ・ラマヌジャン.数学以外の学科は全くできなかった彼は,ひたすら数学研究に没頭し,独学で数多くの公式を発見する.その成果を初めて認めたのが,イギリスの大数学者G・H.ハーディ.ラマヌジャンをイギリスへ呼び寄せると,二人による共同研究が始まった.数学史上に燦然と名を残す二人の天才の生涯をドラマチックに描いた感動的な評伝――. |
整然たる証明法を理とするギリシア数学,ユークリッド幾何学を「揺り籠」とする西欧数学に対し,インド数学あるいはヒンドゥー数学は結論重視のアプローチをとる.演繹的推論は,前提を真とする過程から導かれる結論について,常に真であると規定するが,帰納的推論は,幾多の実例から法則を帰納する.南インドの“魔術師”とも称された数学者シュリーニヴァーサ・ラマヌジャン(Srinivasa Aiyangar Ramanujan)の傑出した業績は,帰納にかける超人的な直観力から産み出されている.ラマヌジャンの評伝としては,間違いなく本書が決定版であり,他の追随を許さない.南インドのクンバコナム,およそ知性や合理性とはほど遠い地域の正統派バラモン階級として,ラマヌジャンは生まれ育った.身分階級は最上位だが,経済的には最低の環境から,ケンブリッジの大数学者ゴッドフレイ・ハロルド・ハーディ(Godfrey Harold Hardy)に見出され,ケンブリッジのトリニティ・カレッジ奨学生という栄誉に浴し4000以上に及ぶ数式,定理を編み出した.未だに証明が終わっていない定理が600ほど残されているという.
ハーディは,後年偉大な数学者の“個人的評価”として「自分は25点,リトルウッドは30点,ヒルベルトは80点,ラマヌジャンは100点」と評した.自己採点は多分に謙遜が含まれるとしても,ラマヌジャンへは,アルキメデス(Archimedes),アイザック・ニュートン(Isaac Newton ),カール・フリードリヒ・ガウス(Carolus Fridericus Gauss)に比す天才という評価を与えている.ラマヌジャンの思考プロセスは,常人には理解しがたい霊感に満ちたものだった.ハーディは慨嘆している.ゼータ関数の関数方程式と解析的整数論の主要条件を独力で発見した人物が,二重周期関数やコーシーの定理をまったく知らない――さらに信じがたいことは,西欧数学にのっとって数学の「基礎」を完璧に身につけ,整然と論理構築できる数学者らの数式を,ラマヌジャンの数式と並べたとき,それらは「塵芥(ゴミ)同然」に見えてしまうということであった.
数学的証明に関する彼の概念は曖昧そのものでした.彼の研究成果は,新旧や正誤を問わず,論証と帰納法と直観とが奇妙に混淆した思考プロセスから得られたものであり,当人でも論理的に首尾一貫した説明ができませんでした
魔術のような新定式提示について,ラマヌジャンは,夢でナマギーリ女神が秘儀を授けてくれるために,数式を現実に書きだすことができる,と語っていたという.凡庸な人物が,これを正しく解釈することは不可能に近い.超自然的なスピリチュリアリズムが,非凡な感受性と創造性を結びつけ,数学的才能に統合させたというほかはなく,誰しも傍観者となるしかないのである.ヒンドゥー数学は「真珠貝と朽ちたナツメヤシの混淆,ダイヤモンドと砂利の集合体」と表現される.ラマヌジャンによってもたらされたのは,その創造と画期の極致であった.才気煥発な科学者であり,実証を何より重んじるハーディが,純粋数学の探求者としてのラマヌジャンを尊敬し讃えたのは,ラマヌジャンの数学的創造性が,まさに無限を思わせる久遠のイデアに接近していたからにちがいない.その結実が産み落とされる過程を,ハーディは懐疑的合理主義者としてむろん重視するが,時に理解を超えるようなラマヌジャンの新公式の論理にも整合性が認められるなら,その正しさを尊重する姿勢をとり続けた.
ラマヌジャンの短い人生で,不遇の時代は相対的に長かった.ハーディとの共同研究を除いては,第一次大戦の最中の異国イギリスでヒンドゥー教徒としての戒律を厳格に守り,インドでの家庭生活においても肉体的苦痛と心労を強いられ,夭逝した.ただ一点,才能を真に認め評価してくれた気鋭の数学者ハーディに見出され,素数分布についての「ラマヌジャン予想」「モックテータ(擬テータ)関数」などの業績をなし,数学界に燦然と名を遺すこととなった.ラマヌジャンの肉体を借りて,数学界に降臨した才能とその閃きを,人類の得た福音とみなすべきである.ラマヌジャンの純粋数学理論は,机上の空論ではなく具体的応用が期待されるものである.ごく一例としては,現代物理学の「超ひも理論」で重要な役割を担うことが判明したテータ関数の研究は,ウィスコンシン大学マディソン校の研究員らによって2002年以降,擬テータ関数全体を表す「一つの公式」が提出され,宇宙物理学における「宇宙の膨張」を解明する大統一理論発見に応用できる可能性が示唆されている.
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Title: THE MAN WHO KNEW INFINITY
Author: Robert Kanigel
ISBN: 4875022395
© 1994 工作舎
