| 北海道の港町に生れた三国清三は,15歳で料理の道を志した.帝国ホテルで鍋洗いをしていたある日,駐スイス日本大使館の料理長に抜擢される.欧州武者修業が始まった.海岸に寝泊りしながら,三ツ星レストランで腕を磨く日もあった.偉大なシェフたちとの出会いが,彼を成長させてゆく.フレンチで世界にその名を響かせる男,その夢とチャレンジの全軌跡――. |
北海道増毛の小さな港町に生まれた三國清三は,幼少期から豊かな食材に囲まれ,独自の味覚を育んだ.漁師を父に持ち,ニシン漁で賑わう町の中で育った彼は,食材の新鮮さと自然の恵みを身近に感じる生活を送った.特に,浜に打ち上げられたホヤ貝をそのまま生で食べる経験は,彼の味蕾に「苦味」を認識させ,後のフランス料理に活かされる繊細な味覚を磨く基礎となった.若き日の三國は,料理人になる夢を追い求めるため,直感に従い,多くの名料理人に食らいついていった.その熱意と努力は,周囲を驚かせると同時に,彼自身の成長を促す.
札幌グランドホテルでのパート時代,彼は率先して巨大な鍋を洗い,厨房での動き方から塩の振り方に至るまで,職人の技術を細かく観察し,学び続けた.三國の熱意は,やがて帝国ホテルの料理長である村上信夫の目に留まることとなる.村上は,若き三國の将来性を見抜き,当時わずか20歳の三國を在スイス日本大使館の料理長に推薦した.この異例の人事は,周囲を驚かせるとともに,三國自身にも大きな挑戦をもたらした.三國はその後,フランスに渡り,名シェフであるアラン・シャペル(Alain Chapel)やフレディー・ジラルデ(Frédy Girardet)のもとで修行を積んだ.
シャペルやジラルデの厳格な指導のもとで,アントレ(前菜),ポワソン(魚料理),レギューム(野菜料理),デシャップ(盛り付け)といった多岐にわたる分野で技術を磨いた.三ッ星レストランでの修行は,まさに技術と精神の鍛錬だった.地元のフランス人シェフたちとの熾烈な競争の中で,三國は自分の劣等感と戦いながらも,常に料理の本質を追求した.その信念と論理は,料理人としての優れたパフォーマンスを支える強力な柱となり,超人的なバイタリティをもってライバルを圧倒する.
1994年,三國は東京・四谷に「オテル・ドゥ・ミクニ」を開業する.店名は,ジラルデの店「オテル・ドゥ・ヴィル」にあやかり,「オテル」の名を冠したものである.素材のポテンシャルを活かし切るコンセプトが,料理皿を彩り和洋の食材が饗する料理で訪れる人々を魅了し続けた(2022年12月末に閉業).三國の料理は,単なる食事以上のものであった.それは,彼の生まれ育った港町増毛の豊かな食材と,フランスで培った高い技術が融合した,味蕾を喜ばせる芸術であった.
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原題: ミクニの奇跡
著者: 松木直也
ISBN: 9784101282312
© 2003 新潮社
