1899年冬・ニューヨーク.その日,若き科学者アレクサンダーは恋人エマにプロポーズするため,待ち合せ場所のスケート場にむかった.だが,永遠の愛を誓い合ったまさにその時,銃をもった強盗にエマの命は奪われてしまう.この日から,アレクサンダーは憑かれたように研究に没頭する.「あの日」に戻って過去を変えるための機械タイムマシンを完成させるために…. |
宇宙の移動の法則は,「超光速」の光パルスが認められるかどうか注目されてきた.しかし,いかなる物体も光速を超える速度で移動することは不可能という理論的プルーフが正しければ,タイムトラベルという科学の到達点は夢幻であったということになる.原作者ハーバート・ジョージ・ウェルズ(Herbert George Wells)は,『タイムマシン』発表以前の1888年に『時の探検家たち』で原型を示していた.「未来をその目で見てきた男」とも呼ばれるSFの父が描いた科学ロマンスを,ウェルズを曽祖父にもつサイモン・ウェルズ (Simon Wells)が手がけたことで話題になった作品である.
撮影中にサイモンは過労でダウン,ゴア・ヴァービンスキー(Gore Verbinski)が後半の監督を担当した(ノークレジット).原作のタイムトラベルの世界観は,19世紀に勃興した科学主義・実証主義の仮説構築力に基づくファンタジーの側面と,地底人モーロック(資本家)対地上人エロイ(労働者)の社会風刺の側面で成立していた.サイモンは,曽祖父の綿密な哲学を汲み取る能力に欠けていたようだ.恋人エマの不慮の死を受容できない科学者アレクサンダーは,不眠不休でタイムマシンを製造.エマが死去する以前に彼女を救い出し,運命を変えることに成功したと思われたが,死因は違えどエマの「死の運命」を退けることができないことが判明する.
運命の因果律の理由を知るため,未来人が得ているであろう"解"を求めてアレクサンダーは時間の旅に出る.だが未来世界にも,その答えはなかった.代わりに存在していたのは,高度な文明が滅び,日夜せめぎ合う地底人と地上人の野蛮な対立である.この時点で,アレクサンダーは最愛のエマへの執心をあっさり忘れ,エロイ族の娘と親密になる.原作の文明批評を無視した脚本には,眉を顰めざるを得ない.デジタル・ドメイン社とILMによる「超光速」の時間経過のVFXは,人類の見果てぬ夢を雄弁に語る見どころとなっている.
1,000ページを超える設計図によって製作されたタイムマシンは,ヴィクトリア調のレトロで魅力的なデザイン.時空の旅で過去に戻り,"解"を求めて2030年の未来を見聞し,弾みで80万年後の世界を訪れる展開は,後半に行くほど陳腐になる.その理由は明らかで,愛する対象を喪った主人公の内面描写が皆無だからである.タイムトラベラーの希薄な人間性を予め設定していれば,内面の説明の無視は傷にならなかったはずだが,下手にタイムマシン開発の動機を固定してしまったために,最後まで違和感が残る凡作となった.
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原題: THE TIME MACHINE
監督: サイモン・ウェルズ
96分/アメリカ/2002年
© 2002 Warner Bros. & Dreamworks Pictures