| 平山は妻に先立たれ,家事一切を娘の路子に頼っていた.同窓会に出席した彼は,酩酊した恩師を送っていく.そこで会ったのは,やもめの父の世話に追われ,婚期を逃がした恩師の娘.平山は路子の縁談を真剣に考えるようになる…. |
静けさに烟る間と余韻.日本映画の美のひとつの極致は,ローアングル,潔癖なまでに整頓された屋内の鮮やかさを映す固定撮影,精緻な会話の応酬に認められる.サイレント映画の末期に松竹蒲田撮影所に入社,繊細な心理描写で抒情の才を披露した小津安二郎の遺作.表題の秋刀魚は,食材あるいはそれ以外でも劇に登場してこない.しかし,妙齢に達した娘の縁談を,取りまとめるのに躊躇する父親の戸惑いと侘しさ――秀れた味覚を愉しませ,同時にほろ苦さを味わわせる旬の臓腑――を比喩的に暗示している.
秋刀魚の代わりに,記号的意味をもたせられたのは鱧(はも).平山(笠智衆)の恩師は,鱧に舌鼓を打つ.「魚へんに豊か,か」と知識はありながら,これまで堪能したことはない.その恩師の娘は,薹が立って久しく父もそのことを悔やんでいる.わが娘の路子もうかうかしていては,二の舞だ――家族の世代交代のリアリズムと機微は「麦秋」(1951),「東京物語」(1953)で描かれたが,赤いネオンのトリスバーでストレートウイスキーのグラスを傾ける平山の横顔には,また格別の寂寞がある.先妻を亡くし,長男夫婦は倹しくもなんとか遣り繰りをしているようだし,次男もいずれ家を出るだろう.
娘の路子(岩下志麻)を出すのはまだ早いような,しかし20代後半は目前に迫ってくる.白の襟つきブラウスに黒のカーディガン,赤いボックススカート.娘がその若さを満喫できる時間は限られ,それに伴う縁談の条件の劣化も覚悟しなければならない.服装の「赤」がポイントに使われていて面白い.長男の嫁(岡田茉莉子)の赤いエプロン,赤いセーターも見栄えはよいが,独身女性の爽やかさは失われている.トリスバーのママ(岸田今日子)の赤と黒も,熟した毒々しさは隠せない.娘の幸せのための縁談に食指を伸ばすか否か,これだけは優柔不断にならざるを得ない平山には,滑稽な哀歓がある.
恩師の「結局人生は独りじゃ.独りぼっちです」の声が平山の脳内には反復されているのだろうが,娘にとっての好機を逸してしまう父には成り下がりたくはない.そのしみじみとした諦念は,結婚式の日も帰りに寄ったトリスバーで,ストレートウイスキーを飲み下すことで,紛れるばかりか増幅したように思える.「今日はお葬式のお帰り?」と訊ねるママに対する返答が,濁りを効かせたウィットで深い.小津は本作撮影の翌1963年,野田高梧とともに蓼科の山荘に滞在し次回作「大根と人参」の構想に取り掛かったが,病魔により還暦の誕生日(12月12日)に死去した.
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原題: 秋刀魚の味
監督: 小津安二郎
113分/日本/1962年
© 1962 松竹
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