■「ボーダータウン 報道されない殺人者」グレゴリー・ナヴァ

シカゴの新聞社で働く記者ローレンはある日，上司から，アメリカ・メキシコ国境の町・フアレスで起きている連続女性殺害事件の取材を命じられる．フアレスに着いた彼女は，かつて仕事を共にしていたディアスが経営する新聞社，エル・ソロ社を訪ねた．当局の圧力から，なかなか真実を報道できないメキシコで，エル・ソロ社は弾圧に負けない内容の新聞を発行し続けていたのだ…．

　ラテンアメリカは，グローバリゼーションの影響を強く受けてきた地域であり，その結果，世界で最も不平等な大陸と称される．アメリカとメキシコの国境に位置するフアレスでは，純資産600億ドルを誇る実業家が存在する一方で，先住民とメスティソ（先住民とスペイン系白人の混血）は極度の貧困に喘いでいる．グレゴリー・ナヴァ（Gregory Nava）は，フアレスを「第一世界と第三世界が接する世界で唯一の場所」と述べ，矛盾と格差を表現した．

　1980年代初頭からメキシコでは市場改革が進められ，サリナス政権下で規制緩和とNAFTA（北米自由貿易協定）の締結が推進された．この政策により，一部の経済成長は達成されたものの，同時に多くの社会問題も引き起こされた．続くCAFTA（米・中米自由貿易協定）交渉では，政府はNAFTAによる負のイメージを払拭しようと圧力をかけたが，これがかえって社会的不満を増幅させた．

　フアレスはアメリカ向けのエレクトロニクスを生産する一大工業地帯となり，多くの女性が低賃金で働かされている．しかし，外国資本の工場で働く若い非熟練女性労働者が失踪する事件が多発しているにもかかわらず，警察はこれを真剣に捜査せず，メディアもほとんど報じない状況が続いている．本作では，NAFTA協定の実現に関わった架空のサラマンカ家や議員の発言が登場するが，これらはフィクションであり，現実の問題を十分に反映しているわけではない．

　女性ジャーナリストと被害者女性との絆を中心に描いているが，犯罪の組織的隠蔽という深刻な社会問題を扱う一方で，そのプロットの単純さゆえにメッセージは弱い．夜更けに帰宅する女性が拉致され，強姦・殺害される事件の国家的隠蔽を描きながら，政府当局の異常に挑む人物が不在であることが問題である．膨大な未解決事件の闇を探るには，他者を通して本来の自分を知る「エンラケシ」という観念では不十分である．報道されない殺人者とは，結局のところ社会が把握しきれない殺人者なのである．

ボーダータウン 報道されない殺人者 HDマスター版 [DVD]

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原題： BORDERTOWN

監督： グレゴリー・ナヴァ

112分／アメリカ／2006年

© 2006 BORDERTOWN PRODUCTIONS