▼『ナチ犯罪人を追う』ジーモン・ヴィーゼンタール

ナチ犯罪人を追う: S.ヴィ-ゼンタ-ル回顧録

 忘れない.ホロコーストの犠牲者を.ナチ・ドイツの強制収容所を奇蹟的に生き延び,民族絶滅を図ったナチ犯罪人を法で裁くことに半生をかけた著者の回顧録ユダヤ人迫害と闘う強固な意志,超人間的な記憶力と勘が歴史の闇に消されようとする真実に迫る.人間と歴史を深く考えさせるドキュメント――.

 ルゼンチンのブエノスアイレスイスラエル特務機関によって逮捕,エルサレムに連行された元ナチ高官アドルフ・アイヒマン(Karl Adolf Eichmann)の裁判を傍聴したハンナ・アーレント(Hannah Arendt)は,「イェルサレムアイヒマン - 悪の陳腐さについての報告」でラディカルな論争を巻き起した.サイモン・ヴィーゼンタール・センター(SWC)は,奇跡的にホロコーストを生き延び,イスラエルドイツ連邦共和国 など各国政府の協力を得て長年にわたり「ナチスハンター」として活動し,多数の戦争犯罪人を裁判所に送ったサイモン(ジーモン)・ヴィーゼンタール(Simon Wiesenthal)の名を冠している.SWCはニューヨーク,シカゴ,ワシントン,トロント,パリ,エルサレムに拠点を置く.

 2003年に引退を発表したヴィーゼンタールは,1,100人以上の戦犯の起訴に貢献したという.1950年代後半,アイヒマンがアルゼンチンに潜伏中との情報をヴィーゼンタールから受けたイスラエル諜報特務庁は,盗撮も辞さず,秘密警察の協力でアイヒマンを法廷に引きずり出し,死刑判決を得たのである.ナチス戦犯2万2000名余のリストを作成したヴィーゼンタールは,アイヒマン以外の多くの元ナチ幹部――アウシュヴィッツ収容所で人体実験を繰り返し,「死の天使」と恐れられた医師ヨーゼフ・メンゲレ(Josef Mengele),大量のユダヤ人を効率良く殺すガス兵器を開発したヴァルター・ラウフ(Walter Rauch)ら――を告発,執念深く追跡した.ナチ戦犯の多くはパラグアイ,チリ,アルゼンチン,エクアドルボリビアなどラテンアメリカに逃れていた.アーレント全体主義の最大の特徴とした反ユダヤ主義政策がこれら軍政諸国では行われなかったためである.

 むしろラテンアメリカの軍事政権は,1960年代から70年代にはナチスの国家安全保障政策に共感を示し,政情不安からの亡命権を固守するため,ナチ残党であっても亡命者を匿う伝統を崩さなかった.ナチス戦友組織「SS同志会」は当然南米に置かれ,ドイツ,ヨーロッパの政府,各国の大使館,警察から入ってくるナチスハンター情報を収集し戦犯逃亡を支援し続けた.SWCは民間の情報収集機関のため,逮捕の権限をもたない.ルートヴィヒスブルクの「ナチス犯罪追及センター」は2000年に閉鎖され,SWCがSSやオデッサ(Organisation der ehemaligen SS-Angehörigen)に対抗する無二の情報機関として機能している.2005年にヴィーゼンタールはウィーンの自宅で老衰で死去した(96歳).

 ヴィーゼンタールは生涯,ネオナチや歴史修正主義者と闘争したが,人道に対する犯罪に時効は認められない,という執念を燃し続けた.2012年,SWCは生存するホロコースト重要戦犯リストの筆頭ラスロ・チャタリ(Laszlo Csatari)97歳をブダペストで身柄拘束,高齢を理由とせず訴追を強く求めた.チャタリは起訴されることなく98歳で病没,アイヒマンの右腕といわれたアロイス・ブルンナー(Alois Brunner)は,シリアのダマスカスで死亡(2010年)が確実視されている.SWCエルサレム事務所は戦犯リストからブルンナーの名を削除した.この2人が死亡したことにより,ヴィーゼンタールが追い続けた重要戦犯はいまや誰一人生存していないことになっている.

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Title: RECHT, NICHT RACHE

Author: Simon Wiesenthal

ISBN: 4788798093

© 1998 時事通信社