| 私はその『夢』を本気で信じていた.もちろん,私のような貧乏人の落ちこぼれにでもできるのだから,誰にでも夢は見られるはずだ.しかし,ほとんどの人が,この夢を夢のままで終わらせてしまう‥‥では,そのような人たちと私が違うところは何なのだろうか.1つだけある.私は,そんな夢に対して,一歩だけ前に踏み出すことができた.この『一歩』を踏み出せるかどうかで,人生は大きく変わる.今の私があるのは,この一歩のおかげなのである――. |
高度経済成長期,刮目すべき経済発展を実現した日本は,保守政権による政治的安定をも両立させ「自民党システム」を定着させたとする実証研究で著名な蒲島郁夫の経歴は異色.高校時代の成績下位10%の蒲島は,「小説家」「牧場主」「政治家」という3つの夢を持っていた.酪農の夢を除いては,誰に聞いても絵空事にしか聞こえなかったのは当然だった.
高校卒業後に入社した自動車販売会社は1週間で退職,熊本の地元の農協に再就職後,牧場主の夢を追うため農業研修中の猛勉強でネブラスカ大学に入学,畜産学を修めた.小学校6年間で「5」を1度しか取ったことのない蒲島が,ネブラスカ大では400人中10人しかいないという「ストレートA」を得た.スカラシップを受け豚の精子の研究で,指導教授に研究者の道を勧められるほどの実力を養ったが,「政治家になる」という夢を捨て切れず,ハーバード大学院で政治学を専攻する.
学部で政治学をまったく履修せずとも,指導教員に推薦状を書いてもらえたという.3年9ヶ月で博士号取得,33歳で筑波大学講師,50歳で東京大学法学部教授,退官直後に熊本県知事初当選――確かに信じがたい経歴ではある.本書のタイトルがそのまま座右の銘となっており,不遇に屈せず,ポジティブな思考で選択した結果が実を結び,いかなる体験も糧としてきた半生が語られる.
蒲島がこれまで研究してきた,安定の中からシステム改編を促す要素,バッファーの果たす選挙の影響力を分析した計量政治学の手法に通じる経験則である.蒲島は4期16年の任期満了を以て熊本県知事職を退任した.面白い本だが,逆境からの上昇過程で「迷い」に悩まされた経験は多く語られる一方,一定の成功を収めたゆえの葛藤や挫折の記述は皆無.上昇志向の明るさだけが語られ,読まれる本である.
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原題: 逆境の中にこそ夢がある
著者: 蒲島郁夫
ISBN: 4062146193
© 2008 講談社
