■「ハロルドとモード 少年は虹を渡る」ハル・アシュビー

ハロルドとモード/少年は虹を渡る [Blu-ray]

 大金持ちの母親と2人で邸宅に住んでいる19歳のハロルド.首を吊ったり,血の海に浸ったりして,自殺の真似ごとをするが,母親は彼に関心を示さない.黒い喪服に身を包んで愛車の霊柩車に乗り,見知らぬ人の葬式に出席するのが,彼の日課だ.ある日,自分と同じように他人の葬式に出席している老婆に気づく.79歳のモードはいたずら好きで,驚くほどエネルギッシュだった.やがてハロルドは歳の差を超え,彼女に惹かれていく….

 CLA映画科の大学院生だったコリン・ヒギンズ(Colin Higgins)の卒業制作脚本を,ハル・アシュビー(Hal Ashby)が1971年に映画化した本作は,異色映画として一定層の熱狂的支持を得てきた.狂言自殺で周囲の関心を引くことに生き甲斐を見出した19歳のハロルドが,天衣無縫に見える79歳のモードに心を奪われていく.母親からプレゼントされたジャガーXKEを霊柩車に改造し,見ず知らずの故人の葬儀に潜入するハロルドの「悪趣味」,同様に,モードは何食わぬ顔で赤の他人の葬儀に参列していた.

 これは,生の謳歌や哀歓を,イニシエーションから意味づけることを丹念に説明する物語.2人の運命的出会いが,「生」を愚弄するキャリアの延長にセットされたことに,本作の真髄がある.破天荒な行動力で意思を貫く生き方を好むモードは,他者からの共感を拒む.「なぜ世の中は未だに檻が好きなの」「国境や国家や愛国心に,一体どんな意味があるの」.偏屈な老婆の口から発せられる社会批判は,彼女が決して口にしない「来歴」に隠された憂いから生み出される.

 60歳の年齢差を超え,ハロルドは主体的に生を謳歌するモードに吸い寄せられる.ハロルドが真に味わう驚愕――おそらく生れて初めての衝撃――は,80歳の誕生日に自殺することを決めていたモードの意志.彼女は,主体的に生命を輝かせていたのではない.生死を選択する主体として存在していたのだ.モードの救命を一心に祈り,命を懸けるハロルドは,これまでの人生のどの瞬間よりも輝く自分を発見してしまう.葬儀場で出会った運命の人とは,病室で別れることになる.

 人の一般的な出会いと別れに逆行する形で結ばれたその一期一会.ハロルドの感得は,未来志向の明確な行動を取らせた.愛車の霊柩車を大破させる「儀式」,モードの形見となったバンジョーをぎこちなく鳴らす.その足取りは覚束なさから,はっきりと意志を感じさせるステップへと変化していく.彼はもう,自殺の自作自演から卒業することを自ら決め,そのことの意味を受け止める自己概念を構築したのだ.キャット・スティーブンス(Cat Stevens)《If you want to sing out, sing out》が,彼の前途を祝福していて心地好い.

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原題: HAROLD AND MAUDE

監督: ハル・アシュビー

92分/アメリカ/1971年

© 1971 Paramount Pictures Corporation