▼『離散するユダヤ人』小岸昭

離散するユダヤ人: イスラエルへの旅から (岩波新書 新赤版 489)

 1492年にスペインを追われたユダヤ人の足跡をたどる,モロッコ,エジプト,イスラエルへの旅は,追放と交通の路であった地中海の500年を歩くことであった.20世紀の悲劇にも通じる,ユダヤ人のながい離散の歴史が,旅の発見と重ねられて様々に呼び起こされ,思想史,文化史の隠れた系譜とともに,ヨーロッパ近代が再検討される――.

 系カナダ人の強制移住に対する謝罪と補償を求める「リドレス運動」に掲げられたプラカードには,“Diaspora”の文字があった.これは「離散された者」を意味するギリシア語で,歴史的にユダヤ人の苦難を象徴する言葉である.ユダヤの民は紀元前722年イスラエルの北王国が滅亡し,紀元前586年には南王国がバビロニアにより滅ぼされ,パレスチナ外で生存しなければならなくなった.離散者の歴史的背景は,日系カナダ人が強制移住の中で求めた人権保障と重なる部分がある.

 彼らが発する「魂を返せ」という声は,まさに怒りと悲嘆の表れである.1492年にスペインを追われたユダヤ人もまた,マラケシュ,カイロ,エルサレム,サフェド,ヤッフォなど各地に移動する苦難の歴史を持つ.地中海の500年にわたる追放と移動の記録は,強制改宗やディアスポラの悲しみを含むものだ.この歴史を追体験することで,彼らが何を守り続けたのかを探ることができる.19世紀以降,ユダヤ人の文化・芸術・科学における功績は目覚ましい.

 迫害とジェノサイドの中でも,彼らは他民族の文化に適応しつつ,自分たちのアイデンティティを失わないよう努めてきた.その過程で生まれた多くの貢献は,ユダヤ人が直面した悲哀の副産物とも言える.「祖国からの水平的流謫」を抱え,離散現象の中で精神的な基地を築こうとしたユダヤ人の歴史を学ぶことで,離散者の苦難とその中での努力を理解することができる.本書はそのような追体験を図る意義があるものの,著者の文章力では味気なく退屈である点が残念である.

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原題: 離散するユダヤ人―イスラエルへの旅から

著者: 小岸昭

ISBN: 9784004304890

© 1997 岩波書店