▼『考える生き方』finalvent

考える生き方

 ネット界で尊敬を集めるブロガー・finalvent氏の第1作.自身の人生を「からっぽだった」「失敗だった」と吐露する稀有なスタンスが多くの人の共感を呼び,誰もが体験する人生の苦難と空虚感を受け止めるヒントとして話題となっている.読後に得られる考えることへの信頼と「明るい諦観」は一生を支える心強い武器になるはずだ――.

 5歳を超え,広範な教養としなやかな思考力をもった著者が広く「自由市民」に語りかけ,紆余曲折の半生を自らに問い,考えたことが他者の益になればいい,とのささやかな願いが一貫している.55歳といえば,1970年代の多くの企業では定年であり,発足当時の厚生年金と共済年金の受給開始年齢であった.社会的には,55歳は「老齢者」だったのである.優れた頭脳と向学心をもちながら,2度の学問的挫折,度重なる転職を経てフリーランステクニカルライターとして独立,脳の難病と闘いながら4人の子を育てる.

 日本での米国型リベラルアーツ・カレッジの発祥,国際基督教大学と大学院で言語学を専攻し,日に1冊のペースで読む読書を30年以上続け,関心分野は哲学・思想・文学・歴史など人文系領域から生物学・物理学など自然系領域に及ぶ.読書量だけでいえば,この人を凌ぐ人間は珍しくないだろう.しかし,蓄えた教養をあらゆる事象の解釈と分析,系統知への継ぎ穂となるデバイスに尖鋭化したこと,その練磨が並外れている.リベラルアーツは,文法・弁証・修辞・音楽・算術・幾何・天文の「自由七学芸」ともいう.

Gram. loquitur, Dia. vera docet, Rhet. verba colorat. Mus. cadit, Ar. numerat, Geo. ponderat, Ast. colit astra

(文法は語り,弁証は真理を教え,修辞は言葉を飾る.音楽は歌い,算術は数え,幾何は測り,天文は星を学ぶ)

 人生の山と谷の落差は誰しも経験するが,55歳で振り返ってみれば幸福の方が優っている人生だったと本人は考えるようだ.それでも,冒頭にある言葉「自分の人生はなんだったんだろうか…中略…からっぽだった.特に人生の意味といったものはなかった気がする」.幸福度は相対的尺度に大きく影響を受けるが,最終的には主観が決定するものであるから,家庭生活の満足度と人生総体の充実度はイコールフッティングにはならない.それを正直に認めつつ,人生の真理を瞠るには汎用的な思考力を養う技芸(実践的な知識・学問)にあることを論理展開してみせるのである.

 人文科学・自然科学・社会科学の3領域すべてを包摂する技芸の原則を厳密に順守せずとも,「人生を豊潤にする」「強靭な思考力と実践知を養う」の二面が同心円的に結ばれ,中心は必ずリベラルアーツであることを例証する.自由七学芸は,自由市民のものであり,地位や名誉や経済力を問わない.学ぶ意志さえあれば,誰でも教養人になることができ,どんな人生にも納得と諦めを与えてくれる最終の知恵を得られる.本書のすべてのエピソード,そこから得られた人生訓めいたものは,結局はこの一点に帰着する.

 人間が生きている限り,どうしようもない問題と,その背後に潜む妖しいほどの美がある.それに真正面からぶつかっていくには,文学を深く理解する力が必要になる.安っぽい道徳や単純に信仰だけを強いるような宗教では乗り越えられはしない人生に残るのは,人間の学たる人文学である.

 社会科学は,人の社会を広く見渡す力をあたえる.社会問題があるとき,ただ,それを単純な善悪の話にして正義に味方すればよいというような,日本の新聞社説のような安易な視点を冷やし,人々が作り上げた社会の仕組みをあぶりだす.権力をただ悪と見るのではなく,なぜそれが求められ,社会の中でどのような役割をもっているのかも冷静に見るようになる.…中略…

 自然科学を学び続ければ,子どものころ感じたような自然や宇宙の神秘を大人になっても感じ続けることができるだろう.それは学んでえられる美の体験である

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: 考える生き方―空しさを希望に変えるために

著者: finalvent

ISBN: 9784478023235

© 2013 ダイヤモンド社