▼『ガレノス』スーザン・P・マターン

ガレノス:西洋医学を支配したローマ帝国の医師

 ローマ帝国で歴代の皇帝から庶民までの治療を手がけ,著作がヨーロッパとイスラーム世界において,約千五百年にわたり医学の最高権威であり続けたガレノス.最新の研究を生かしてその人物と生涯を追いながら,著作にふれつつ,当時のローマ世界の医療や衛生状態を解説する.「医学の第一人者」初の評伝――.

 を屠殺する際,喉頭の神経の束を切断する.これにより,豚は悲鳴をあげることができなくなる.この神経を「ガレノスの神経(Galen's nerve)」と呼んでいる.2世紀のローマ帝国で活躍した医学者ガレノス(Claudius Galenus)は,帝国歴代の皇帝の治療や投薬を行っている.数学のユークリッド(Eukleídēs),物理学のアルキメデス(Archimedes),天文学プトレマイオス(Ptolemaios)と並び,アテナイ期のヘレニズム科学を飛躍させた科学者だった.

 ギリシア医学の理論を体系化したガレノスは,絹糸や腸線による結紮や肋骨切除法,眼球の曲面遠近法の理念などを次々に提示し実践した.ペルガモン,スミルナ,アレクサンドリアで医学を学んだ後,剣闘士(グラディアトル)治療医を経て,臨床医学の祖ヒポクラテス(Hippocrates)以来の古代医学を集大成し,卓見は生理学と解剖学で著しい.ただし,その研究は犬,豚,猿などの解剖に基づいていたために,たとえば循環器系に関する誤認,また,一部の哺乳類しかもたない熱交換器官を人間ももっているはず,という見当違いもみられる.

 アテナイ期の医学では,書物や口承で,医師の観察を補う医学報告が許されていた.経験主義的解釈をガレノスは「ヒストリア」と呼んで軽蔑している.実践に根ざした医学を重んじる姿勢は,医師の模範として高く評価されることになる.ヨーロッパとイスラーム世界において1500年以上も権威を保ち続け,「医師は自然の召使である」とする医学的観察眼をルネサンスまで伝えた功績からすれば,ガレノスは「基礎医学の祖」と称されるべき存在だった.

 長大かつ詳細な記述で,読み応えのある評伝である.アレクサンドリアが陥落する以前の6世紀末,ヨハネス・ピロポノス(Johannes Philoponos)は,アラブ人に対してガレノスのことを「医師の封印」と紹介していたという.アラブの医学では,伝統的にアスクレピオス(Aesculapius)から始まる偉大な8人の医師を図式化して学んでいた.その図式では,ガレノスを頂点として終わりという意味であった.

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Title: THE PRINCE OF MEDICINE

Author: Susan P Mattern

ISBN: 9784560095843

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