スペイン・サラマンカ,マヨール広場.国際テロ対策の首脳会議が開催される会場にて,アシュトン米大統領への狙撃事件が発生.事件の鍵を握る重要な目撃者は8人いたが,彼らが異なる地点・立場から見たものは違っていた.現場にいたシークレット・サービスのトーマス・バーンズは,事件の裏に隠された真相をたった一人で追い始めるが…. |
短い尺に凝縮されたクライム・アクションと,事実の解釈に多義性を持たせた製作スタイルには感嘆せざるを得ない.作品中に張り巡らされた伏線について,その必然性には疑問が残る部分もあり,リアリティが犠牲になっている.しかし観る者を引きつける特定のアクターに頼ることなく,緻密な構成と時間配分により鑑賞者を飽きさせない.「事実の解釈に虚構が入り交じる」というテーマを日常の一部として描き,その背後にある多様な観点を経験的に理解させる.複数のバンテージ・ポイント(視点)が提示されるが,どれも事の全貌を明らかにするには不十分であり,その限界が強調される.大統領狙撃事件という動かしがたい事実を起点に,8名の人物の視点が次々と明らかにされるモンタージュ手法が採用されている.
一部,事実とは異なる描写がなされるものの,基本的にはリアルタイムで目撃された情景を1人ずつの視点から追いかける構成.異なる視点により,一方の人物には見えなかった事実の断片が,他方の視点では明らかになる.最終的に,この事件を判断できるのは8人の登場人物ではなく,9つ目の観点を持つ観客だけである.マヨール広場でごった返す群衆を俯瞰する画(え)から始まり,この時,観客は上空を舞うヘリコプターとともに「神の目」を持たされる.これから起こる出来事を俯瞰できる視点は,9つ目のバンテージ・ポイントを象徴している.プラサ・マヨールでの長期撮影の許可が下りなかったため,ほとんどのシーンはメキシコに建てられたレプリカで撮影されたが,上空からのシーンだけは本物のマヨール広場で撮影されている.
モンタージュ手法と並んでリワインド(巻き戻し)手法が採用されている.およそ23分という時間が各キャラクターに割り当てられ,テロ発生までの時間がスクリーン上で再生される.そして,大統領狙撃と二度の爆破テロが描かれた後,フィルムが巻き戻され,今度は別のキャラクターの視点で再び描写される.正確な時刻が表示されて場面が切り替わるため,観客が混乱することはない.このリワインドとモンタージュを併用することで,切れのある描写が可能となり,これが映画の命綱となっている.回想を排することで,事実の描写に専念でき,混乱の中でも重要な示唆を観客に印象づけることができる.
この手法により,映画は緊張感を保ちながらラストへと向かう.ただし,リワインドは4回に留められている.7回も繰り返されれば冗長になりかねないとの判断だろう.テロの報復としてモロッコ空爆の即時決断を迫られる大統領が,「断じて,テロにテロで報いてはならん」と鼻息を荒くする場面が印象的だが,彼が狙撃を生き延びたのは,偶然の「善意」によるものである.一般市民を無差別に殺害するテロリストが,些細な過失から命を失うという皮肉は,人道的行為と非人道的行為の矛盾として片付けられるものではない.単一のバンテージ・ポイントからでは物事の全体を見通すことができないという現実を,強く印象づける作品である.
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原題: VANTAGE POINT
監督: ピート・トラヴィス
90分/アメリカ/2008年
© 2008 Columbia Pictures, Relativity Media, Original Film