いたるところから働きすぎの悲鳴が上がっている.労働時間が1日10時間を超えるほどに長ければ,疲労とストレスがたまり,最悪の場合は死に至ることになる.本書では,グローバリゼーション,情報技術,消費社会,規制緩和などに着目して今日の過重労働の原因に迫る.まっとうな働き方ができる社会を作っていくために,いま何が必要なのか――. |
労働は,国民が果たすべき三大義務の一つであり,個人に歓びをもたらすと同時に,社会における自己の位置づけを確認する手段でもある.労働は個人と社会を結びつける重要な機能を持つが,同時に個人の「安らぎ」を侵害する側面も存在する.本書の目的は,現代の高度に発展した資本主義社会における労働の変容とその影響を明らかにすることである.特に,「グローバル資本主義」「情報資本主義」「消費資本主義」「フリーター資本主義」の4つの資本主義的形態が,どのようにして労働者の生活に負担を強いているのかを凡庸に解説する.これらの形態は,労働者に過剰な情報処理と業務負荷を課し,結果として過剰な消費生活のための資源供給を求める構造を生み出している.
規制緩和による非正規雇用の拡大は,労働環境の悪化を加速させている.非正規雇用者が「基幹労働力」として機能することにより,労働時間の延長が常態化し,労働基準法第36条に基づく「36(サブロク)協定」を最大限に活用することで,労働者は過度な時間外労働を強いられることになる.このような状況は,労働者の心身に深刻な負担をもたらし,精神疾患,自殺,さらには過労死を引き起こす結果となっている.過重労働やサービス残業に対する行政の監督強化を回避しようとする財界が推進する「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」は,その本質が「人件費抑制」にあることが明白であり,労働者に対する過剰な負担を助長する悪質な制度であった.
規制緩和は,労働を個人にとって過酷なものとし,その結果として労働が負のスパイラルに陥る要因となっている.日本では未導入であるものの,ホワイトカラーエグゼンプションをベースにした「高度プロフェッショナル制度」が働き方改革の一環として2019年4月に導入された.「働きすぎ」によって苦しむ労働者とその家族が直面する現実は,数々の報告を通じて明らかにされており,これは単なる個別の問題ではなく,現代資本主義社会に内在する構造的な課題である.利便性の追求という表向きの目的の陰に,労働環境の過酷さが隠されていることは,現代社会において深刻に受け止めるべきである.
本書で提示されている解決策は,労働者自身,企業,労働組合,法制度の各レベルにおいて実行されるべきものであるが,提案が実際に効果を発揮するためには,具体的かつ実行可能な措置が伴わなければならない.過労死問題に取り組む弁護士や遺族の間で厚い信頼を得ていた著者は,2018年8月に急逝.議員立法により成立した「過労死等防止対策推進法」の制定を求める署名活動に積極的に参加した.この法律に基づき,厚生労働省は「過労死等防止対策推進協議会」を設置,その専門家委員を務めるなど,過労死防止のための取り組みに尽力した.過労死防止学会の設立にも貢献し、過労死防止に向けた実務的な基盤を強化した.
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原題: 働きすぎの時代
著者: 森岡孝二
ISBN: 9784004309635
© 2005 岩波書店