■「イントゥ・ザ・ワイルド」ショーン・ペン

イントゥ・ザ・ワイルド [DVD]

 1990年夏,アトランタの大学を優秀な成績で卒業した22歳のクリスは,将来へ期待を寄せる家族も貯金も投げ打って,中古のダットサンで旅に出る.やがてその愛車さえも乗り捨て,アリゾナからカリフォルニア,サウスダコタへとたった一人で移動を続け,途中,忘れ難い出会いと別れを繰り返して行く.文明に毒されることなく自由に生きようと決意した彼が最終的に目指したのは遙か北,アラスカの荒野だった….

 フ・トルストイ(Lev Nikolajevich Tolstoj),ヘンリー・デイヴィッド・ソローHenry David Thoreau)の著書を片時も手放さず,「幸福が現実になるのは誰かと分かちあった時だ」と悦に入る22歳の青年の純粋さと甘さを,アラスカの大自然との対比で巧く映画に取り込んでいる.トルストイとソローは,それぞれ放浪者とナチュラリストの顔をもった.

 彼らの著作に心酔するクリスは,"Happiness is only real when shared"と手帳にしたためては咽び泣く.孤高の地で,真の幸福を誰と分かち合うというのか.現代社会の生活充足手段は,主観としての家族の「贈与」,経済システムを通じての「自助」,社会施策を介する「公助」で基本的には成り立つ.裕福で高い教育を授けてもらいながら,家族の支援も断ち,社会と経済の恩恵も捨て去る旅に出て,荒野で衰弱していく.

 ショーン・ペン(Sean Justin Penn)の透徹したリアリズムは,十分に感じられる.エミール・ハーシュ(Emile Hirsch)の孤独な力演も悪くない.荒涼たる地に骨を埋めることになる兄を客観的に語る妹のモノローグ,それが映画を支える骨格となる.すべてを捨て去ったように見えたクリスが,精神の終着を求めて彷徨した最期,その消えゆく意識に現れたビジョンは,孤独なものではなかった.

 遍歴を行わなければ到達しなかったであろう成長の軌跡を踏み,寒々とした大地に立つクリスに視点を密着させる.無謀としか思えぬ挑戦は,逃避とも奇態とも簡単に言い換えられる.だが,それらの延長には,「肯定できる生とはなにか」という自己への問いかけが控えている.死の恐怖を体感することで,生きる価値を手中に収めることを願った青年の姿から目を逸らすことはできない.

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原題: INTO THE WILD

監督: ショーン・ペン

148分/アメリカ/2007年

© 2007 MMVII by RIVER ROAD ENTERTAINMENT, LLC and PARAMOUNT VANTAGE, A Division of PARAMOUNT PICTURES CORPORATION