▼『鉄を生みだした帝国』大村幸弘

鉄を生みだした帝国: ヒッタイト発堀 (NHKブックス 391)

 紀元前10数世紀,オリエント世界に,鉄を独占して栄えたヒッタイト民族がいた.軽戦車を駆使し一時はエジプトさえ脅かしたヒッタイトの興亡と「鉄」の謎を,日本人学徒が追い求めた,十年にわたる体験の記録――.

 綿鉄を鍛えて鋼にした素材は,武器,工具,装飾品を青銅器から鉄器に大きくシフトさせたと推測される.その史実は,前二千年紀オリエント世界のアナトリアに勢力を張ったヒッタイト帝国時代「製鉄跡」,ヒッタイトが製鉄技術を独占していたと考えられる「キズワトナ文書」の書簡記録から学説として肯定されている.民族移動を受け,帝国が滅びた紀元前1200年以降,製鉄技術が一気に他国(ギリシア,イタリア,インドなど)に拡散・伝播したことから,ヒッタイトが鉄鉱開発を占有していたと推察される.

ヒッタイト民族が鉄と軽戦車を駆使し,前17世紀頃から前12世紀頃にかけてアナトリアに一代帝国を築き,オリエント世界で一大勢力を持ち,一時はエジプトさえ脅かしたにもかかわらず,その背景にあったとされる鉄の問題が,それほど究明されていない

 前1750年から前1200年までおよそ550年間,どのようにして製鉄技術を漏洩させなかったかも謎だが,そもそも鉄鋼がどこで精製されるようになったのか.ヒッタイト考古学の発生から僅か半世紀しか経過していない時点で,著者は粘土板解読,コンヤ,カラホユック,コルジュテペの発掘,ジェネラルサーベイを通して挑んだ.10年間を費やして仮説の検証を試み,一つの「回答」を導く過程が本書で描かれる.

 若い考古学徒は,「鉄のふるさと」の探求を持続する一方,そのような仕事の意義を見失いかけたことも正直に述べている.トルコの首都アンカラの東約150キロメートルに位置する遺跡アラジャホユックで,鉄滓,製鉄跡が発見されたときの感激は物凄かっただろう.日本政府は,ODA5億円を供与して,ヒッタイト探求の体制をとった.「巨人の肩の上に立つ」(Standing on the shoulders of giants)とはいうが,本書は学問の体系を構築する知的格闘の厳しさ,面白さを証す一例とみるべき業績である.

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原題: 鉄を生みだした帝国―ヒッタイト発掘

著者: 大村幸弘

ISBN: 4140013915

© 1981 日本放送出版協会