■「悲しみのミルク」クラウディア・リョサ

悲しみのミルク [DVD]

 ペルーに暴力が吹き荒れていた時代,ファウスタの母は目の前で夫を惨殺され,自分も凌辱を受けた.ファウスタは母乳から母の苦しみを受け継いでいると信じている.そのため,大人の女性に成長した今でも,ひとりで外を出歩けなかった.しかし,母の亡骸を故郷に埋葬しようと決めた彼女は,その費用を稼ぐため裕福なピアニストの屋敷でメイドとして働くようになる.やがてピアニストは,ファウスタの口ずさむ歌に引き付けられ….

 化の「残存」がフォークロアであるなら,忌まわしい記憶が親から次世代へと受け継がれていくことも,また1つの伝承ととらえなければならない.アンデス系先住民の間で伝わる"恐乳病"は,母親が体験した苦しみが授乳を通して,子に伝染するという.「南米のポル・ポト」と呼ばれた極左武装組織センデロ・ルミノソは,無差別テロや拉致行為とともに,集団レイプを戦略化した.ファウスタの母は,その被害者の1人であった.

 母から受け取った恐怖の観念に怯えるファウスタは,異常なまでの対人恐怖,さらに男からの暴行を防止するため,秘部にジャガイモを埋め込む行為を習慣化している.彼女は常に能面のような表情を崩さず,両足の間から伸びてくる"芽"を鋏で切り取る.恐乳病は科学的に無根拠であるにせよ,抜きがたい継承性をもってファウスタを支配している.母の死後,故郷の村に埋葬するには交通費を捻出しなければならなかった.

 裕福な女性ピアニストの屋敷でメイドの仕事を始めるファウスタは,急速に様々なことを学ぶ.人との距離感,母親から口伝されたケチュア語の歌を評価する女主人のピアニスト,一曲歌うごとに1粒ずつ「貯金」されていく真珠の魅惑,そして,自覚のないまま魅力的に成長してきたファウスタに向けられる周囲の目――若いファウスタは,南米ペルーにおける過酷な現代史を背負う世代に含まれている.

 無慈悲な暗さを彼女に託した母は死に,娘を縛る息詰まるような閉塞の糸の繊維が,僅かずつだが切れていく感覚.かたい無表情から,やがて内部よりわき上がる感情を解放することに成功したファウスタは美しい.鉢植えの「花の咲いたジャガイモ」がそっと彼女の元に届けられる場面は,マリオ・バルガス・リョサ(Jorge Mario Pedro Vargas Llosa)を叔父にもつクラウディア・リョサ(Claudia Llosa)の密やかな文学性を思わせる.

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原題: LA TETA ASUSTADA

監督: クラウディア・リョサ

97分/ペルー/2008年

© 2009 Olive Films