■「リービング・ラスベガス」マイク・フィギス

リービング・ラスベガス [Blu-ray]

 ベンはハリウッドの脚本家だったが,酒浸りの生活でクビになった.妻子も家を出て,彼はラスベガスで死ぬまで酒を飲み続けようと決める.ベガスに着いたベンは,さびれたモーテルの一室に滞在し,ある夜,街で娼婦のサラと出会う….

 ーディアン紙「ラスベガスを舞台にした映画」ではベスト10入り,Total Film誌「映画史に残る酔っぱらい50人」は堂々1位.歓楽都市の異名をとるラスベガスは,娯楽と享楽により破滅する人間を描くにはうってつけの舞台,しかもカジノ,アルコールに性の売買とくれば,この種の映画の代表格に本作が居座るのも当然.猥雑な空間でしか燃え上がらないラブストーリーなのである.心身を虐する行為は,緩慢な自殺への途に通じる.

 脚本家として,それなりに成功を収めてきたと思しきベンの生活破綻,娼婦とは思えぬ生真面目さと行儀のよさをもつサラが売春稼業に入るきっかけは,共に明らかにされない.現実から転げ落ちるようにラスベガスで肩を寄せ合おうとする2人だが,逸脱の繚乱でベンの肉体は確実に蝕まれ,酒への耽溺と覚醒の感覚は徐々に短くなる.短めのカットを反復させることで,ベンの精神的衰弱を可視化する手法は,平凡ながら効果は高い.

 ラスベガスを後にしなければ「脱皮」のできない男の魂は肉体を去る.自己効力感を失っていたサラは,ベンとの短い生活で「覚醒」する.それが本意でなかったにせよ,日蔭の遍歴と安定を経験した後の再出発に,彼女の変容は促される.幾許かの希望的観測をも牽制するような余韻は,弱者が置かれた直線軌道の険となっている.果たして,サラはこの地を去ってわが身を刷新できるのだろうか.

 2000年代に入るとニコラス・ケイジ(Nicolas Cage)の俳優生命は低迷し,確実に酩酊状態に入っていく.しかし役を選びさえすれば,役者としての毛並みの良さと個性が価値ある財産となって,一際輝くのである.本作での好演は,ケイジの力量が決して乏しいものではない証拠.エリザベス・シュー(Elisabeth Shue)は聖女性をもつ娼婦を見事に演じた.“現代の預言書”とも呼ばれた『罪と罰』で,孤独と良心の呵責に苛まれるラスコーリニコフを救済するのは,崇高な魂をもつ娼婦ソーニャだった.

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原題: LEAVING LAS VEGAS

監督: マイク・フィギス

112分/アメリカ/1995年

© 1995 INITIAL PRODUCTIONS