▼『未完の女』リリアン・ヘルマン

未完の女―リリアン・ヘルマン自伝

 スペイン内戦,第2次大戦,赤狩り‥‥荒れ狂う歴史の波に翻弄されながらも,自らの直感と正義を信じ,「劇的」かつ「熱狂的」に生きた女性劇作家の回想録――.

 メリカ演劇の開花期とされる1920年代の明朗な豊潤さに比べ,左翼運動が演劇に影響を与えた1930年代は陰鬱だった.リリアン・ヘルマン(Lillian Hellman)『子供の時間』(1934),『子狐たち』(1939)などは,「攻撃的知性」で同時代へのプロテストを示した作風だった.しかし冷戦下の1950年代初めには,ヘルマンの人生は暗転する.

 非米活動調査委員会は,彼女と長年にわたり恋人関係にあったハードボイルド作家ダシール・ハメット(Dashiell Hammett)が共産党員であることを見抜いていた.共産党員に加わっていなかったヘルマンは,赤狩り旋風に抵抗して情報提供を拒絶している.職を追われ,デパートの売り子をして糊口をしのいだヘルマンは,1960年代の戯曲と本書の成功により,作家としての地位を再確立することに成功した.

 25歳年下のピーター・フィーブルマン(Peter Feibleman)は,ヘルマンに対し友人,息子,恋人の役割をもつことになるが,ヘルマンの攻撃的で狡猾な面を指摘しながら,やはり彼女が魅力的な女性であったことを大いに肯定している.本書はヘルマンの自伝であり,率直に諸事実を記し,所感を隠さない.フィーブルマンの評価を裏付けるような叙述も満載.

 著名なアメリカ文学者,映画監督,ハードボイルド作家らとの交流で知性を磨き上げ,非公式の政治活動から,長期にわたってハリウッドの映画産業界のブラックリストに掲載されたことが取沙汰される生涯だった.しかし一私人,一女性としての惑いと怒りのエネルギーは,本書の回想の中だけで語られる部分も見過ごせない.尖鋭で狡猾,癇の強い劇作家の本書でしか確認できない顔ということである.

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Title: AN UNFINISHED WOMAN - A MEMOIR

Author: Lillian Hellman

ISBN: 9784582823387

© 1981 平凡社