| 活字の存在しない未来の管理社会を描いたレイ・ブラッドベリの小説を映画化.主人公モンターグは禁止されている書物の捜索と焼却にあたる有能な消防士だったが,クラリスという女性と知り合った事から本について興味を持ち始める.やがて読書の虜となった彼の前には妻の裏切りと同僚の追跡が待っていた…. |
ビブリオフィル(愛書家)であったフランソワ・トリュフォー(François Roland Truffaut)は,仰々しいSF映画の様式を「生理的嫌悪感を覚える」というほど徹底的に批判した.本作は,分類上は近未来型SF映画になるだろう.しかし,トリュフォーの意図は,文学と人間の精神性への賛歌であり,「焚書」の常態化した世界でリリカルな諷刺を描いて見せた.情報統制の布かれた社会では,リテラシーは危険思想と道義である.壁に架かった巨大なテレビジョン,管理体制化で多発する密告行為.1960年代の近未来的発想は,建築物や公共交通(モノレール)の造型が先進的ではなく,むしろ乏しい.無機的な生活様式を通じて,寒々しい未来の雰囲気は生成されている.
反体制市民が隠し持つ蔵書を焼き払う焚書官は,アナクロな消防士スタイル,市民には火力の使用も制限され,住宅からの火災はゼロ.粛々と本の焼却任務を遂行していくモンターグが,書物に触れ,危険と知りつつ精神を深耕していき,人間性を獲得していく.人物の助けを借りず,書物と対話する中でモンターグの人間性は刻々と変化していく.焚書官により焼き払われる本は,チャールズ・ディケンズ(Charles John Huffam Dickens)『デイヴィッド・コパフィールド』,ウラジーミル・ナボコフ(Владимир Владимирович Набоков )『ロリータ』,レーモン・クノー(Raymond Queneau)『地下鉄のザジ』,サルバドール・ダリ(Salvador Dalí)『画集』等々.公開禁止処分となったジャック・リヴェット(Jacques Rivette),ジャン=リュック・ゴダール(Jean-Luc Godard)らの映画スチール写真も燃やされる.
爆ぜる炎上音に合わせ,文学や哲学書,芸術書がゆっくりと炭化していく構図には「滅びの美」が認められ,同時に,怒りとも哀しみともつかぬ憤りを感じさせる.おそらく人間には,とこしえに真善美を継承していきたいという普遍の渇望があるのだろう.それが破壊された時,感じる痛みを疑似体験させる情景なのである.「華氏451」とは,書物が着火し燃え始める温度.原作者レイ・ブラッドベリ(Raymond Bradbury)は,20世紀初期に登場した映画が人々の心を掴み,続いてラジオやテレビが人々を魅了した,と小説に書いた.そして,その後の大衆の心をつかむことは,必然的に単純化につながるものとした.トリュフォーは,このような原作の一節を見逃していない.公僕たる焚書官モンターグは,書物の真価に気づき,反逆者として逃亡の身に墜ちる.
レジスタンス組織に入り込むことが許されたモンターグが出会ったのは,数々の書物を「1人1冊」ずつ暗記している「ブックマン」たちであった.ブラッドベリ『火星年代記』ジェーン・オースティン(Jane Austen)『高慢と偏見』,ニッコロ・マキャヴェッリ(Niccolò Machiavelli)『君主論』,プラトン(plato)『国家』――古今の名著を,高らかに斉唱するブックマン.彼らの登場により,モンターグが加担し炎上させてきた書籍の圧倒的悲しみは,浄化される.それは,「記憶」による伝承という普遍の価値の温存.記憶し,口伝するという最も原初的なアプローチで,学問・道徳・芸術が確実に受け継がれていくという頼もしさである.映画界の「新しい波」の一角を占めていたトリュフォーは,新旧のいずれにも属さない昂揚感――真実性――をもって,人間の生み出した至高物の不滅を訴えている.
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原題: FAHRENHEIT 451
監督:フランソワ・トリュフォー
112分/イギリス=フランス/1966年
© 1966 Anglo Enterprises,Vineyard Film Ltd
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