An anthropologist visits the frontiers of genetics, medicine, and technology to ask: Whose values are guiding gene editing experiments? And what does this new era of scientific inquiry mean for the future of the human species――. |
遺伝子編集技術の発展とその倫理的・社会的影響について鋭く問いかける本書は,遺伝子科学に携わる科学者たちと,それに対する抵抗を示す活動家たちを追うスリリングな冒険として描かれ,科学技術と社会正義の接点を探求する.核心的な問題は,遺伝子技術の恩恵を享受する者と,その技術の開発や利用を決定する者が誰であるか,という不平等の問題である.新しい遺伝子技術の進展は,医療や健康の向上を目指しているが,その決定権を持つ者たちはしばしば権力や利益を優先させていると指摘される.これにより,科学は一部の利益集団に有利に働く可能性があり,その倫理的問題は無視されがちである.この問題を無視したまま技術開発が進めば,社会全体がより分断され,倫理的に不安定な未来へと向かう可能性がある.CRISPRのような遺伝子編集技術がもたらす倫理的問題は,すべての人々が平等にその利益を享受できるかどうかに深く関わっている.科学技術が進化する中で,それを誰がコントロールし,誰が利益を享受するのかという不平等は,古くから存在する問題であるが,著者はこの問題を現代の技術的背景の中で改めて問い直している.特に,遺伝子組み換えの技術が優生学の脅威を再燃させる可能性があることに注意を促している.
本書は,多くの批評家から絶賛されているが,その理由は単に遺伝子編集技術の現状を描くだけではなく,その技術が社会にどのような影響を及ぼすかを掘り下げている点にある.科学的技術とその倫理的・社会的影響を並列に扱うことで,読者は単なる科学知識以上の視点を得ることができる.プリンストン大学のアグスティン・フエンテス(Agustin Fuentes)は「科学,技術,人々,夢,そして人間性の混乱の真っ只中に私たちを導く冒険」と評している.つまり,遺伝子編集は単なる技術ではなく,人間のあり方や未来を再定義する力を持つものであるという視点が強調されているのである.著者の筆致は,科学的事実とその背後にある倫理的ディレンマを巧みに描き出し,読者に深い考察を促す.例えば,中国での遺伝子改変実験は,倫理的に曖昧な領域に踏み込んでおり,これが人間の権利や社会の公正さにどのような影響を与えるのかを鋭く問うている.また,技術が人類の未来に与える可能性に対して,不安と希望が交錯する描写が特徴的である.
遺伝子操作により人為的に作出された胚から生まれた人類は,2018年に誕生した双子のルルとナナ,2019年に誕生したエイミーの3名が確認されている.いずれも女性であり,C-Cケモカインレセプター5(CCR5)への変異が施されているため,HIVへの感染耐性を持つ可能性がある.「ミュータント」という名称は,元々は自然発生的または人為的に変異した生物を指す一般名詞である.しかし,1950年代にSF作家アイザック・アシモフ(Isaac Asimov)が超常能力を持つ登場人物にこの名称を付けたことで,主に米国のSF小説やコミックにおいて「従来の人類とは異なるゲノムを持ち,特異な能力を持つ人類」といった意味が加わるようになった.アシモフが描いた「ロボット三原則」や「ファウンデーションシリーズ」のような作品は,未来技術に対する予見や倫理的問題に深く踏み込んでおり,その影響は現在の技術者や科学者にも及んでいる.2018年に最初のミュータントが誕生した際には,「ゲノム編集ベビー」や「デザイナーベビー」などの呼称も使われたが,本書において彼らをミュータントと呼んだことで,より古くから馴染みのある呼称が選好されるようになった.
興味深いことに,この本は,遺伝子編集がもたらす社会的影響についての先見性を持っており,触発した議論は国際的にも広がった.表紙に描かれているのは,遺伝子編集を意味するハサミであり,これは未来の科学技術を視覚的に表現する試みである.胚の作出方法については,世代交代に長い年月を要する人類に対して,マウスなどで用いられるキメラ個体を介する多能性幹細胞胚盤胞注入法は現実的ではない.そのため,TALENやCRISPR/Cas9などのゲノム編集技術を用いて受精卵に変異を施す方法が検討されているが,これらの技術は多くの国で禁止されている.ちなみに,CRISPR/Cas9技術が発展する以前には,同様の遺伝子操作が1980年代にヒト細胞で行われたことがあり,その際には倫理的な問題が指摘され,現在の技術の発展に繋がる重要な前段階であった.この技術の発展により,遺伝子編集は単なる科学実験から医療や農業,さらには人類の進化に関する議論まで,多くの領域に影響を及ぼしている.現在,生存するミュータントは中国南方科技大学の賀建奎らによってCRISPR/Cas9を用いて変異が施されたものである.賀建奎はこの研究を発表する際,事前に公衆の反応を予測しておらず,その発表後に大きな論争が巻き起こった.賀の研究は倫理的に問題があるとされ,多くの科学者や倫理学者から非難された.賀が発表の際に用いたプレゼンテーションには,遺伝子編集技術の未来を描いたグラフィックスが含まれており,これが一部の批評家から「SF的な演出」として批判されたこともある.
生殖に関しては,現時点でミュータントはいずれも6歳未満であり,生殖能力がないと考えられている.彼らの体内では変異が施された細胞と通常の細胞がモザイク状になっているため,生殖細胞系列に変異遺伝子が存在しない可能性も否定できないが,彼らの子孫もミュータントとなる可能性がある.興味深いことに,遺伝子操作が将来的にどのように人類の進化に影響を与えるかについての議論は,すでに数十年にわたって続けられている.これには,遺伝子操作による進化の可能性についての学説やフィクション作品も含まれる.たとえば,アーサー・C・クラーク(Arthur Charles Clarke)『2001年宇宙の旅』では,人類が進化の過程で「星間人」となるシナリオが描かれており,遺伝子操作や進化が描写されている.現存するミュータントの概要については,ルルは中国人の両親から生まれ,CCR5変異を付与されている.HIV耐性を持つ可能性があるものの,CCR5の構造が一般の現生人類に近く,耐性を持たない可能性も高いとされる.ルルとナナの誕生は,まるでサイエンスフィクションのような現実となり,その背後には科学技術の急速な進展と倫理的な課題が横たわっている.ルルとナナの誕生に関する報道は,メディアによって大々的に取り上げられ,科学技術と倫理に関する論争が国際的に広がった.ナナはルルの双子の姉妹で,CCR5の変異がより強いとされるため,HIV耐性の可能性が高い.エイミーもCRISPR/Cas9による編集を受けたミュータントであるが,詳細な塩基配列は公開されていない.
エイミーの誕生に関する報道は,倫理的な問題と科学的な興奮の交錯する複雑な状況を反映しており,メディアによる取材や報道が多くの論争を呼び起こした.賀によると,2024年6月時点で彼女の親は離婚しており,シングルマザーとして育てられているため,賀建奎が経済的に支援しているとのことである.賀の支援は,彼の研究に対する外部からの批判や圧力が高まる中で,彼自身が倫理的な責任を果たそうとしている一環とも見られている.法的な位置づけについては,ミュータントに関する正式な名称や条約は存在しない.現在,ミュータントは中華人民共和国政府の管理下にあり,彼らの権利や基本的人権については公開されていない.また,ミュータントの作出自体に関する法的整備が整っていない国が多く,倫理的な議論も行われている.英国のNuffield財団は,ミュータントが完全な人権を享受する権利を持つべきであると主張している.これに関連する国際的な議論は,今後の科学技術の進展と倫理的な対応に大きな影響を与えるであろう.
今後付与される可能性のある強化能力として,最初に生まれた3名はCCR5変異によりHIV感染耐性を持ち,さらに脳機能の強化が言われている.また,真鯛などのゲノム編集ですでに実用化されている筋力増強や,特定の疾患の予防が可能な能力の追加も考えられる.特に,血友病のような単一遺伝子疾患についてはミュータントにすることで回避できる可能性があり,これは出生後のゲノム編集とは異なり,孫世代に疾患を受け継がせないという大きなメリットがあるため,今後の議論が期待されている.特に,発光能力や超人的な筋力などの遺伝子を持つミュータントが生まれる可能性があり,これは未来の科学技術と倫理の交差点を象徴するような話題となるであろう.近年では,SF映画のようなフィクションが現実の科学技術に影響を与えるとされており,映画や文学における「ミュータント」の描写が,未来の科学技術に対する社会の期待や不安を反映している.
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Title: THE MUTANT PROJECT - INSIDE THE GLOBAL RACE TO GENETICALLY MODIFY HUMANS
Author: Eben Kirksey
ISBN: 1250265355
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