▼"Krishna's Mahabharatas" Sohini Sarah Pillai

Krishna's Mahabharatas: Devotional Retellings of an Epic Narrative (Aar Religion in Translation)

 This book argues that Vaishnavas (devotees of the Hindu god Vishnu and his various forms) throughout South Asia turned this epic about an apocalyptic, bloody war into works of ardent bhakti or “devotion” focused on the beloved Hindu deity Krishna――.

 サンスクリット叙事詩マハーバーラタ』は,史上最長の詩として知られ,5人のパーンダヴァ王子と彼らの従兄弟であるカウラヴァ族との壮絶な戦いを描いている.この叙事詩は南アジアのみならず,世界中で語り継がれており,非常に広範な文化的影響を持つ作品である.その影響は,西暦800年から1700年にかけて,アッサム語,ベンガル語グジャラート語ヒンディー語カンナダ語,コンカニ語,マラヤーラム語,マラーティー語,オリヤー語,タミル語テルグ語といった南アジアの多様な言語で数多くの再話が生まれたことからも明らかである.政治指導者マハトマ・ガンジー(Mohandas Karamchand Gandhi)も,少年時代に『マハーバーラタ』から強い影響を受けた一人である.

 特に,クリシュナがパーンダヴァに与えた「不殺生」の教えが,後にガンジーの「非暴力」思想に繋がったとされている.本書は,この叙事詩の再話の中でも,特にヴァイシュナヴァ派(ヴィシュヌ信仰)の影響を強調する研究である.ヴァイシュナヴァ派の信者たちが,終末的な戦争を描く壮大な叙事詩を,神クリシュナを中心とした信仰物語へと変容させた過程が探求されている.著者は,900年以上にわたる南アジア11の異なる地域言語での40以上の再話を分析し,特に15世紀のタミル語版『パラタム』と,17世紀のバーシャ版『マハーバーラタ』に焦点を当て,地域や言語が異なる詩人たちがどのようにしてクリシュナ信仰を中心に据えた作品へと変貌させたかを明らかにしている.

 15世紀の『パラタム』が生まれた背景には,ヴィジャヤナガル王国の影響があった.この時代,南インドの支配者たちはクリシュナ信仰を支援し,その文化的・宗教的影響力を広めることに積極的であった.ヴィジャヤナガル王国の宮廷では,クリシュナを讃える詩や演劇が盛んに作られ,これが『パラタム』の成立にも大きな影響を与えたのである.一方で,17世紀のバーシャ版『マハーバーラタ』の成立背景にはムガル帝国の影響が見られる.ムガル帝国時代の北インドでは,ヒンドゥー教徒イスラム教徒の間で宗教的対話が活発に行われ,バーシャ版の再話はその対話の一環として,クリシュナが平和と信仰の象徴としての役割を強調するものとなったとされている.

 これにより,『マハーバーラタ』は単なる戦争叙事詩としてではなく,信仰を通じた平和と共存のメッセージを伝える文学作品へと変貌したのである.このようにして,マハーバーラタという壮大な叙事詩は,南アジア各地の地域社会や宗教文化に適応され,クリシュナ信仰の枠組みの中で再解釈されてきた.この過程は,近代以前の南アジアにおける宗教文学の多様性と,信仰体系の柔軟性を示すものである.この変容過程は,単なる文学作品としての『マハーバーラタ』にとどまらず,信仰と文化の相互作用の中でいかにして人々に訴えかけ,地域社会のアイデンティティを形成する要素となったかを理解する手がかりを提供するだろう.

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Title: KRISHNA’S MAHABHARATAS - DEVOTIONAL RETELLINGS OF AN EPIC NARRATIVE

Author: Sohini Sarah Pillai

ISBN: 0197753558

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