■「張込み」野村芳太郎

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 夏のある暑い日.横浜から夜行列車に飛び乗るふたりの刑事,柚木と下岡.彼らは東京・深川の質屋で起きた強盗殺人事件の犯人である二人組のひとり,逃亡した石井を逮捕するために佐賀へと向かったのである.石井は三年前に別れた女,さだ子に会いたがっていたという共犯者の供述に賭けたのだ.さだ子の住む家を見下ろす旅館に到着した柚木と下岡の張込みが始まる.毎日のうだるような暑さのなかで石井からの接触を待つふたりの刑事.そこで彼らが目にしたものは….

 節からまったく外れた時期に鑑賞しても,じっとりと汗ばむ真夏の不快が体中にまとわりついてくる.野村芳太郎松本清張の原作を映画化したのは8本.本作はその第一作であるが,清張の中篇を魅力的な映画脚本に仕立てたのは橋本忍.若い部下・柚木に職業の辛抱と結婚の辛抱をそれとなく諭す老刑事・下岡の存在は,原作にはないテイストをもたらしている.2人は1週間の期限付きで,鹿児島行きの夜行列車「薩摩」(横浜駅23時6分発)に乗り,佐賀へと向かう.盛夏である.

 車内のうだるような暑さに,たまらず乗客は通路に体を投げ出して喘いでいる.過ごす時間が数十倍にも感じられる焦熱の出張.殺人の重要参考人接触してくると思われる“昔の女”の生活が見渡せる安木賃宿に腰を落ち着けた刑事の緊迫の一声「さあ,張込みだ」.拷問に近い時間が延々続くことを表明,ようやく映画題字が映し出される.ミステリ調のセミ・ドキュメンタリの堂々たる風格の宣言である.経済的安定を与えてくれる年嵩の夫に仕える後妻さだ子(高峰秀子)は愁いに沈み,夫に尽くし,子を養い,内職に励む.

 判で捺したような生活は,刑事の視界に完全に収まっている.しかし石井の前での彼女は別人.表情豊かに逃亡計画の立案にいそしむ変わり身に,柚木は不信の念より憐憫の情をもよおすことになる.女性としての幸せを望むことの因果な側面,恋人が温泉宿でついに逮捕される現実に打ちのめされ,立ち直るまでの刹那,さだ子が呈した感情爆発.私生活では,一人の女性と添い遂げることの判断に迷っていた柚木に決断を迫る物凄い情念である.愛情のない結婚生活,愛情に充ちた反社会的生活.

 どちらであっても幸福を手にすることはできないとすれば,自己の責任と意志で,第三の道を獲得しなければならない.その決意を固める柚木の腹を余所に,さだ子は嗚咽し前後不覚に陥っている.だが暫しの時間が過ぎれば,やがて彼女は立ち上がり,またあの無味乾燥な生活に戻るのだ.死んだような表情の裏に,激しい情念が隠されていることを誰にも知られぬよう努めるのだろう.冒頭のべたつく暑気の気持ち悪さを,嘘のように消し去るのは瞬間的な洞察による峻烈な感情.原作の余韻と同質の感覚を呼び起こす秀作である.

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原題: 張込み

監督: 野村芳太郎

116分/日本/1958年

© 1958 松竹大船