1918年ドイツのミュンヘン.第一次世界大戦に敗戦し,人々は混乱とバブル経済の中で新しい時代を模索していたが,多くの帰還兵達は職も住むところもなく,途方に暮れていた.若き日のアドルフ・ヒトラーもその一人で,身寄りもフィアンセも失ってしまった彼は孤独と困窮の中で自分の芸術を探していた.そんな折に出会った裕福なユダヤ人画商は,アドルフに絵画の道を歩ませようと尽力する.しかしアドルフは,ユダヤ人排斥の演説を生活のため軍から引き受け…. |
画家志望であった青年時代のアドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)は,ウィーン造形芸術アカデミーの受験に2度失敗,建築家を目指した工業大学からは,受験資格の面で門前払いされている.父の遺産からの年金,また叔母の遺産で不相応に豊かな資金を有していた青年時代もあった.そこから個人的に反ユダヤ主義,汎ゲルマン主義の思想に傾いていく時代が控えているが,芸術家を目指していた段階では,彼が明確な政治思想をもっていた痕跡はない.ウィーンに潜んだ1908年から1914年の間だけで,ヒトラーはおよそ2,000枚もの絵を描いたという.
廃墟などの建築物を好んで描いたその画風は,写実的だが独創性に欠け,人物のデッサンを嫌った.一見して画力の基礎が乏しいわけでなく,当時の抽象派のトレンドに嫌悪を露にした態度の生硬に,画業の門戸は閉ざされたことが窺える.大戦で片腕を失った裕福なユダヤ人画商マックス・ロスマンは,架空の人物.ヒトラーは糊口を凌ぐため,アーリア民族国家建設の演説活動に参画していくが,そこでの才覚はすでに異常レベル.聴衆を酔わせ,狂気に巧みに火をつける才能というものがあるとすれば,本作での青年ヒトラーは,自分でも制御の方法を知らぬうちに才を駆る.その内心には芸術への夢が眠っていたという皮肉.
ヒトラーの演説により,異様な興奮状態に置かれた国粋主義者が,ロスマンの運命を狂わせる.その陰でヒトラーの「夢」が人知れず粉砕され,ワイマール憲法の遵守を反故にし,憲法の基本的人権条項の停止・法的手続きに拠らず共産党員を逮捕できる「大統領緊急令」の発令を可能にした未来の第三帝国総統兼首相への道筋が次第に開かれる.その物語は,この物語が閉じた後に展開されたはずのもの.本作は,ナチスの最高指導者にもかつて,異なった人生を歩む「選択肢」があり,それがいかに押し潰されたかを単純化して示している.
脚本に惚れ込み,ノーギャラで出演したジョン・キューザック(John Cusack)の熱意が,「ヒトラーへの感傷」を喚起しかねない難しさをもつ本作の成立に貢献した.当人に秘められた失意と怒りを,言葉だけでなくナイーブに風貌から漂わせるノア・テイラー(Noah George Taylor)も巧い.挫折の末に不本意な選択を余儀なくされる事態,それ自体は凡庸なことである.芸術的構想に破れた男が,病質的に国家的構想を編み出そうとしたただならぬ経緯ということから,これは1つのビルドゥングスロマンというほかはない.
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原題: MAX
監督: メノ・メイエス
108分/ハンガリー=カナダ=イギリス/2002年
© 2002 Lions Gate Entertainment