これまでのような「分析」「論理」「理性」に軸足をおいた経営,いわば「サイエンス重視の意思決定」では,今日のように複雑で不安定な世界においてビジネスの舵取りをすることはできない「直感」と「感性」の時代‥‥組織開発・リーダー育成を専門とするコーン・フェリー・ヘイグループのパートナーによる,複雑化・不安定化したビジネス社会で勝つための画期的論考――. |
知性(認識力)・意志(実践力)・感性(審美力)の統合を一般に真善美と捉えるが,消費ビジネスのセッションにさまざまに直面するビジネスシーンにおいては,認識と実践はかなり重視される.それに比して,審美は軽視されるばかりか侮られることさえしばしばある.感覚は論理を鈍らせると信じられているためで,それは一面としては正しい.筆者は「アート」と「サイエンス」の相克を強調し,サイエンスだけに依存した情報処理の危うさを丹念に危惧する.
なるほど論理に貫かれた合理性は,最適な意思決定を導くチャンネルを開く.その帰結が直観的な「正しさ」「美しさ」と合致するとは限らず,また問われるものでもない.しかし,直観的に「反倫理」「不道徳」「醜さ」を退け,審美を好む〈感度〉が鈍ければ,深い認識は到底生まれない.「アート」と「サイエンス」の陳腐な偏重ではなく,認識と実践を支える洞察とみるならば,相克ではなく止揚こそが正しいと気づくだろう.
本書はビジネス界での真善美を評価すべきと述べるものだが,主張自体は陳腐の域を出ない.その趣旨は「賢い人はなぜ"教養"を重視するのか?」ということに尽きる.ウォルフ学派アレクサンダー・G・バウムガルテン(Alexander Gottlieb Baumgarten)による「美および芸術の原理学」としての美学は,英知的な芸術は〈美しい技術〉(ファイン・アーツ)として存在し,認識論として人間のあらゆる活動に応用可能となる.
美意識のないコモデティ化した領域に,低俗なモラルハザードが澎湃として立ち上がってくる.ハザードに蝕まれた思考では,倫理的な直観を働かせることができないために失策を招く.当然ながら財界におけるグローバル企業の知的エリート活動に限定されるものではない.むしろ,古今東西の無教養なテクノクラートがその没教養主義ゆえに失態――ベスト&ブライテスト的な――を重ね続けたかの紹介を読みたかったが,お行儀よくまとまった本になっている.
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原題: 世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?―経営における「アート」と「サイエンス」
著者: 山口周
ISBN: 978-4-334-03996-7
© 2017 光文社