▼『まちがったっていいじゃないか』森毅

まちがったっていいじゃないか (ちくま文庫 も 4-1)

 人間,ドジだってかまわない.ニブイのも才能だ.誤りを恐れず,お互いに迷惑をかけあいながら,ジグザグ進んで行こう.まちがったら,やり直せばよいのだ.そもそも世の中には,正しいか誤っているか,結論のくだせないことの方が多いのだから.少年の頃を振り返りながら,若い読者に,人間の複雑さ,面白さを伝えて,肩の力を抜かせてくれる人生論――.

 籍に入った森毅は,学問と人生の両面で異端の存在であった.数学者としての業績は驚くほど少なく,生涯に発表した論文はわずか3本に過ぎない.そのうち1本は査読なしの共著であった.森はわずかな業績でありながら京都大学教授に昇格している.この事実は,大学当局が彼の異端性と才能を認めていたことを物語っている.森は「学問を通じて地位や名声を得ることはくだらない」と考えていた.数学の理論的な美しさよりも,人間の不完全さや曖昧さに関心を抱くようになったため,研究よりも人間そのものを探究することに価値を見出した.業績の少なさは,怠惰によるものではなく,この哲学的な選択の結果だったと考えるべきかもしれない.

 森の著作や随筆は,哲学を基盤にしている.このエッセイ集は,人生の「正解」を追い求めることの無意味さを,若者向けに語っている.中学生にも理解できる平易な語り口ながら,人生観はシニカルで達観している.しかし,若い世代にとっては自己確立がまだ進んでいないため,この達観は理解されにくいかもしれない.森は十代の経験について「間違ってもかまわない,むしろ失敗から学べ」と説く.誤りや失敗が人間を成長させる要素であり,それを避けるべきではないと強調していた.さらに「間違うこと」自体に積極的な価値を見出していた.「人間は理詰めで生きる生き物ではない」という信念を持ち,正しさを追求することよりも,間違いを経て成長することに意味があると考えていた.

 信念は,人生観や数学者としてのキャリアに深く根ざしており,少ない業績でも,多くの人々に影響を与え続けた.森の哲学は,成功よりも失敗を積極的に受け入れることにある.彼の活動は数学だけにとどまらず,エッセイストとしても広く知られていた.NHKの教養番組「視点・論点」に出演し,そこで数学のみならず社会問題や哲学的な話題まで扱った.その語り口は軽妙でありながら,深い洞察を含んでおり,多くの視聴者に支持された.また,彼は大学教授を辞してからも「放浪する学者」として各地を巡り,講演や執筆活動を続けていた.この放浪の中で,若者に「考えることの楽しさ」と「間違えることの重要性」を伝えることを生涯のテーマとしていた.

 もう一つの特筆すべき点は,「ノンセンス」を非常に大切にしていたことである.真剣さや合理性を過剰に重視する現代社会に対し,意図的に「無駄」「馬鹿らしさ」を追求することで,物事の本質を見極めようとした.このユニークな思考法は,時に誤解されることもあったが,その独創性こそが魅力であり,多くの人々に深い影響を与えた.「正しさ」を過度に追求することが必ずしも幸福につながらないと考え,「馬鹿らしいことこそが人生の真髄だ」と述べる.森のシニカルでありながらも包容力のあるメッセージは,特に若者に対して「肩の力を抜け」「失敗を恐れるな」と訴えかけるものであった.赤木かん子の解説の気色悪さは,常軌を逸して怪文.

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原題: まちがったっていいじゃないか

著者: 森毅

ISBN: 9784480022073

© 1988 筑摩書房