▼"Apples and Orchards Since the Eighteenth Century" Joanna Crosby

Apples and Orchards Since the Eighteenth Century: Material Innovation and Cultural Tradition (Food in Modern History: Traditions and Innovations)

 Showing how the history of the apple goes far beyond the orchard and into the social, cultural and technological developments of Britain and the USA, this book takes an interdisciplinary approach to reveal the importance of the apple as a symbol of both tradition and innovation――.

 ンゴは,伝統と革新の二面性を備え,18世紀から現代に至るまで,イギリスとアメリカの時代と地域において異なる役割や意味を持ちながら人々の生活に根付いてきた.本書は,リンゴと果樹園が社会,経済,文化の変遷をどのように映し出してきたかを多角的に考察し,リンゴが時代と共に変わりゆく価値観や風景を映す「歴史の鏡」として機能してきたことを考察している.18世紀のイギリスでは,果樹栽培の技術革新が進み,リンゴの生産が効率化され,広く市場に供給されるようになった.この「園芸革命」とも呼ばれる時代には,接ぎ木技術や剪定が大きく進化し,品質の高い果実を安定して収穫するための技術が発展した.品種も多様化し,特定の用途に応じた栽培が進んだ.「ブラムリー・アップル」はそのままでは酸味が強いが,加熱すると甘みが引き立つため,デザートに適した料理用リンゴとして愛されるようになった.こうした品種改良は,厳格な品質管理と結びつき,リンゴが「高品質なイギリス産品」の象徴として認識されるようになった.この時代の果樹園は,秩序や安定,自然との共生を象徴する場所とされ,産業革命による都市の混乱と対比される「理想的な田園生活」を象徴する場でもあった.

 イギリスにおいては,勤勉や質実剛健といった「イギリス的美徳」の象徴とされ,ビクトリア朝時代には高い評価を得た.イギリスのリンゴ産業は,栽培と流通に厳格な基準が設けられ,完璧な形,鮮やかな色合い,適度な甘みと酸味が求められた.「コックス・オレンジ・ピピン」など,イギリス特有の品種は英国の誇りとして広く知られるようになり,国内外で人気を博した.リンゴは,当時の農業の象徴であるだけでなく,イギリスの労働倫理や高品質へのこだわりを示すものであり,農村と都市を繋ぐ一種の文化的アイコンとしての役割を果たしたのである.一方,アメリカではリンゴの果樹園はフロンティア開拓と土地の所有権を象徴する存在であった.入植者たちにとって,リンゴの木を植える行為は単なる食料生産ではなく,土地に対する権利を主張する手段でもあった.19世紀初頭,伝説的な"ジョニー・アップルシード"として知られるジョン・チャップマン(John Chapman)は,リンゴの種を携え,アメリカ中に苗木を植え広めた.彼が植えたリンゴの木は種から育てられたもので,甘みが少なく,主にサイダー(リンゴ酒)を作るためのものであった.

 当時のサイダーは生活に欠かせない飲料であり,酒精度があるため腐敗しにくく,安全に飲める水の確保が難しいフロンティアで重宝された.チャップマンの活動は単に果樹園の拡大を意味するだけでなく,「リンゴの木を植えることが土地に対する権利を示す」といった,リンゴがフロンティア精神を体現する象徴となった.また,イギリスの伝統的な収穫祭「ワッセイリング」は,リンゴの木の豊作を祈る古い儀式であり,農村社会における共同体の結束や自然崇拝の表現でもあった.ワッセイリングは古代ケルトの伝統にルーツを持ち,参加者たちがリンゴの木を囲んで詩や歌を捧げ,音を立てて邪悪な霊を追い払う風習である.産業革命の進展とともに都市化が進むと,このような農村の習慣は次第に衰退し,田舎の生活様式が都市文化に置き換えられていった.しかし,現代においては,一部の農村でワッセイリングが復活しており,失われた田園文化に対するノスタルジーの表現としても機能している.アメリカではリンゴがアメリカ的理想としても象徴され,サイダー用リンゴが重宝された後,19世紀後半にはアップルパイの普及とともに新しいシンボルとして受け入れられるようになった.

 「アップルパイはアメリカン」という表現が定着し,リンゴは家庭的な温かさや素朴さ,アメリカの家族的価値観の象徴とされた.リンゴがアメリカの家庭の象徴となるまでには,リンゴ自体が家庭の味として根付き,サイダーから食用へとその価値が変化していったのである.本書は,こうしたリンゴにまつわる多彩なエピソードや歴史的事例を通じて,リンゴが各時代の社会的背景や文化的価値を映し出すレンズとして機能してきたことを示している.リンゴという一見ありふれた果物が,時に開拓と所有の象徴として,時に安定と労働の美徳を体現するものとして,人々の生活や社会の変遷に伴って異なる意味を帯びてきた様子が丁寧に描かれている.リンゴはその時代の技術革新や価値観の変化を映し出すだけでなく,農業の発展と社会構造の変化を同時に示す象徴的な存在であった.本書の考察を通じて,リンゴが単なる果物ではなく,社会や文化に深く根付く象徴としての役割を果たし続けてきたことが明らかになる.リンゴの歴史を振り返ることで,私たちはその時代ごとに異なる人々の価値観や社会構造,さらには自然や土地との関わり方までを垣間見ることができるのである.

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Title: APPLES AND ORCHARDS SINCE THE EIGHTEENTH CENTURY - MATERIAL INNOVATION AND CULTURAL TRADITION

Author: Joanna Crosby

ISBN: 1350378488

© 2023 Bloomsbury USA Academic