▼"Sing Me Down from the Dark" Alexandra Corrin-Tachibana

Sing Me Down from the Dark (Salt Modern Poets)

 Sing Me Down From the Dark explores the highs and lows of a ten-year sojourn in Japan, two international marriages, a homecoming, and the struggles of cross-cultural relationships. It is full of light and dark, as if the writer herself has been ‘caught off guard’ in the making of these poems――.

 国の地・日本で過ごした10年,2度の国際結婚,そして複雑な帰属感を綴った詩集である.一見すると自伝的な告白を通して自己の過去を探るかのように見えるが,詩には単なる自叙伝以上の普遍性と深みが備わっている.異文化間の関係がもたらす感情的な摩擦や戸惑いに焦点を当て,読者をより広範な問い――「家」とは何か,「自分」とは何か――へと誘う.この詩集では,異なる詩形が豊富に活用されており,ガザルやパンタウムといった伝統的形式が目を引く.ガザルは7世紀のペルシャで生まれ,サアディー(Saʿdī-ye Shīrāzī)やハーフェズ(Hafez)といった詩人によって洗練されてきた形式であり,深い愛や喪失感を表現するために使用されてきた.著者は,この伝統的形式を「国際女性デーに寄せる夫へのガザル」という作品で用い,結婚とジェンダー,文化的アイデンティティについての考察を重ねている.

 日本においても,ガザルは吉増剛造のような詩人により翻訳や紹介が行われており,国境を越えた詩的交流の象徴である.一方,パンタウム形式はマレーシア起源で,繰り返しの技法が特徴的である.「ダーリンは外国人」という作品では,この繰り返しが言語の壁や文化的な摩擦を暗示し,異文化間の理解がいかに難解であるかを巧みに示唆している.本書の詩作は,多言語を背景とする特異な体験に基づいている.英語と日本語が詩の中で交差し,異なる言語での表現が文化間の移動とその葛藤を象徴する.谷川俊太郎の作品に似た「言語の限界」への挑戦が感じられる.谷川は「言葉の外にある感情」を探求し,日本語と英語の間で翻訳不可能な部分を見つけようとしたが,著者もまた,異言語間で生じる「意味の隙間」を作品に盛り込み,翻訳の試みそのものが詩作のテーマとなっているのである.

 さらに,食文化や家庭内の習慣にも詩が及ぶことで,読者に異文化の日常生活を垣間見せる.日本の伝統的な食文化が詩中に現れ,西洋の食文化と衝突または融合する場面がある.箸での食事や,料理を通じて表される愛情表現など,日本独特の家庭文化が描写されることにより,主人公がいかに異国で「他者」としての自己を再発見し続けてきたかが感じられる.この背景には,日本が第二次世界大戦後,急速に国際化する中で,西洋文化がどのように「和」文化と共存してきたかという歴史的な経緯もある.作品が単に自己の内面を表出するための道具にとどまらず,芸術作品として独立した存在であることが強調されている.多くの現代詩人が自己表現に偏重しがちな中で,「読者」を意識し,作品を通して対話を意図している.

 戦後日本で純文学としての詩が確立され,読者との対話を重視するようになった川端康成三島由紀夫らの姿勢とも共鳴している.このような詩を他者と共有する視点は,詩を読む行為を自己探求の手段へと昇華させ,読者にとっての「家」を再定義するきっかけを提供するものとなっている.詩を通じて「家とは何か」という普遍的な問いを問いかけている.「異国での家族の崩壊」「帰属意識の不安定さ」といったテーマが織り込まれており,その結果,読者は「家」という概念を再考せざるを得ない.異国の地で結婚し,家庭を築き,またそれを失う経験は,現代における「家族」のあり方に関する根源的な疑問を浮かび上がらせるだろう.文化とアイデンティティの狭間で揺れ動く主人公の視点を通して,「家」とは単に場所を指すものではなく,自己の成長と発見の場であることを示唆するのである.

++++++++++++++++++++++++++++++

Title: SING ME DOWN FROM THE DARK

Author: Alexandra Corrin-Tachibana

ISBN: 1784632767

© 2022 Salt Publishing