▼"1177 B.C." Eric H. Cline

1177 B.C.: The Year Civilization Collapsed (Turning Points in Ancient History)

 In 1177 B.C., marauding groups known only as the "Sea Peoples" invaded Egypt. The pharaoh's army and navy managed to defeat them, but the victory so weakened Egypt that it soon slid into decline, as did most of the surrounding civilizations. After centuries of brilliance, the civilized world of the Bronze Age came to an abrupt and cataclysmic end――.

 銅器時代末期に東地中海で起こった文明の連鎖的な崩壊をテーマに,多面的な分析と考古学的証拠に基づいた緻密な論証を展開している.本書は,「海の民」と呼ばれる謎の勢力による侵略が,当時の繁栄していた文明の崩壊を引き起こした直接的な要因であるとしながらも,その背景には気候変動,交易網の断絶,内部反乱などの複数の要素が相互に影響を及ぼし合った結果であったとする「システム崩壊」理論を提唱している.「海の民」の存在については,考古学者や歴史学者の間で多くの議論がなされてきた.彼らの正体は明確には分かっていないが,いくつかの有力な仮説が存在する.一つは,農作物の減少や異常気象によって生活が困難になった周辺民族が沿岸部に移動し,略奪行為を行うようになったというものである.別の仮説として,トロイア戦争で敗北した民族が新たな土地を求めて移動し,その過程で侵略活動を行った可能性がある.「海の民」は,当時のエジプトやミケーネ文明などの強大な勢力に甚大な被害をもたらしたが,その後の足取りは歴史に埋もれており,今もなお正確な解明には至っていない.

 このような謎めいた背景が,「海の民」による侵略を一層興味深いものにしている.しかし,著者が強調するのは,「海の民」だけが文明崩壊の原因ではないという点である.実際には,干ばつや地震,内乱,そして長年にわたり築かれてきた交易路の断絶といった要因が重なり合い,当時の文明は持続可能なシステムを保つことができなくなったのである.紀元前1200年頃には地中海東部一帯で異常気象が頻発し,ナイル川の水位低下や農作物の不作などがエジプトの碑文や粘土板文書に記録されている.また,ヒッタイト帝国でも飢饉が深刻化し,これが政治的不安定を招き,暴動や反乱が続発したことが記録されている.こうした社会的・経済的なストレスが各地の文明に広がり,次第に崩壊の一途を辿ることとなった.さらに近年の研究では,この時期に発生した気候変動がエルニーニョ現象に関連している可能性が指摘されている.地中海地域での異常気象が,エルニーニョの周期的な影響により,長期間にわたり悪化していた可能性がある.この現象が農業生産や生活環境に深刻な打撃を与えたことで,社会的な混乱が引き起こされ,さらには戦争や暴動の引き金となったと考えられている.

 当時の文明が青銅器に依存していたことも,崩壊に拍車をかけたと考えられる.青銅は銅と錫の合金であり,主にキプロスから銅が,アフガニスタンやイランから錫が供給されていた.これらの交易ルートが何らかの理由で断絶すると,青銅器の製造が困難になり,武器や工具といった必要物資の供給が途絶えた.この金属供給の不足がミケーネやヒッタイトといった文明の軍事力や生産力の低下を招き,やがて外部からの侵略に対する防衛力が弱体化したのである.鉄器が普及するのは後の時代であり,青銅に依存した文明はその転換に対応できず,崩壊の一因となった.近年の考古学的調査では,この時期に大規模な地震活動が確認されている.地中海東部の地震帯では,現代のトルコやギリシャ付近で多くの都市が一度に倒壊した痕跡が見つかっており,これが社会の混乱を加速させたと考えられている.地震が頻発した結果,多くの都市が壊滅的な被害を受け,その再建にかかる資源が不足し,復興が遅れることで更なる崩壊が連鎖的に発生したとされる.「システム崩壊」理論は,こうした複数の要因が複雑に絡み合っていたため,各文明が互いに依存し合いながらも,単一の要因で連鎖的に崩壊してしまうという考え方に基づいている.

 高度な相互依存は,現代のグローバル化された社会とも似通っており,複数のリスクが重なることで大規模なシステム崩壊が起こり得ることを示唆している.本書の記述は,一般読者向けの魅力的な歴史小説のように読める反面,学術的な精緻さも兼ね備えている.エジプトやミケーネ,ヒッタイトといった大国の興亡を詳細に描き出し,考古学的な証拠と最新の学説をもとに,青銅器時代末期の壮大な文明の世界を再現している.これらの文明が築き上げた文化や技術の達成を称える一方で,同時にそれがどのようにして崩壊の過程を辿ったのかを,ミステリーのように緻密に分析しているのである.ただし,一般庶民や女性,子供の日常生活の詳細が記されていない点には限界がある.考古学的記録が支配層や職人層に偏っているためであるが,貴族や戦士階級の墓や記念碑のほうが多く残されているためでもある.今後の発掘や調査の進展により,庶民の生活の実態がより明らかになることで,青銅器時代の社会構造や文化の理解がさらに深まることが期待される.

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Title: 1177 B.C. - THE YEAR CIVILIZATION COLLAPSED

Author: Eric H. Cline

ISBN: 0691208018

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