「愛美は死にました.しかし事故ではありません.このクラスの生徒に殺されたのです」我が子を校内で亡くした中学校の女性教師によるホームルームでの告白から,この物語は始まる.語り手が「級友」「犯人」「犯人の家族」と次々と変わり,次第に事件の全体像が浮き彫りにされていく――. |
本書のプロットが斬新とされるなら,芥川龍之介『藪の中』や有吉佐和子『悪女について』こそ,再評価を促すべきだろう.「複数の証言を通じて真実を炙り出す」という主題は,物語としての奥行きを深めると同時に,証言そのものの不確実性を際立たせる.本書もまた,事件の真実を多角的に描こうと試みているが,その過程で真理が逆説的に欺瞞に絡め取られるという古典的な罠に陥っている.複数の語り手による告白形式を採る以上,その中に虚構が混じらないはずはない.真実は一つであるが,事実は観点の数だけ存在する.各人が抱える利己的な視点に鋭い光を当てるこの作品において,物語を駆動する原動力は「私怨」.愛する者を奪われた者が抱く復讐心――それは個人的な悲劇を越えて,社会的な病巣を暴く装置となる.
現代的なテーマが本書の中核を成している.校内でのいじめや孤立,非理性的な殺意の萌芽,シングルマザーの孤独,HIVに対する偏見,大人たちの無理解や無関心,さらには偏執的な愛情――各要素が交錯する中,物語の中心には無垢な子どもの殺害という事件が置かれている.語り手の証言は,事件の背景を断片的に提示し,読者にその全体像を浮かび上がらせる.だが,物語は背景を巧みに描き出す一方で,事件そのものの背後,つまり犯行の根底にある動機や真の加害者像を曖昧なままにしている.技術的には,本書は巧みに構成されている.事件の時系列や人物の相関関係が整理され,語り手の視点がリレーのように交替する中で物語が進行する.語りの中で再現される同一の台詞や出来事は,物語全体の接着剤として機能し,読者に連続した感覚を与える.
語り手の視点がもたらす情報は断片的であり,全体像の完成は読者に委ねられる.これにより,物語に没入するというより,事件を分析的に追う読書体験を促す.物語の核心には,少年法が擁護する未成年者への復讐というテーマがある.法律が児童期を無条件に保護する一方で,その陰で発生する不条理に対して本書は挑む.被害者家族の冷徹な復讐劇は,少年法の枠組みを逆手に取った「目には目を,歯には歯を(タリオの法)」の現代的な再解釈である.その復讐は物理的なものではなく,精神的,心理的な領域において行われる.独白者の冷酷さがクライマックスで炸裂するが,その結末においても読者が得られるカタルシスは限定的であり,むしろ重い疑問を残す.物語は,我が子を失った中学校教師による告白から始まる.
「愛美は死にました.しかし事故ではありません.このクラスの生徒に殺されたのです」という衝撃的な一言は,物語の導入としては効果的である.そこから物語は,級友,犯人,犯人の家族と語り手を変えながら進行し,断片的な証言が積み重なることで徐々に事件の全貌を描き出していく.この形式は物語に緊張感を与える一方で,あえて全体像を明瞭にしないことで読者の想像力を喚起する狙いがあるだろう.だが,この「斬新さ」がどれほど現代的なものかは疑問が残る.『藪の中』以来,日本文学において「語りの不確実性」というテーマは幾度となく繰り返されてきた.本書がそれら過去の作品に対し,どれほどの新しさを提示できているのか.もしも斬新さが単にテーマの現代化に依存しているとするならば,それは物語としての永続性を欠いていると言わざるを得ない.
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原題: 告白
著者: 湊かなえ
ISBN: 9784575513448
© 2010 双葉社