罪を犯した者,非行のある者の更生に寄り添う国家公務員,保護司.保護司を始めて3年の阿川佳代は仕事にやりがいを感じ,様々な「前科者」のために奔走していた.そんな中,佳代が担当している物静かな工藤誠は更生を絵に描いたような人物で,佳代は誠が社会人として自立する日は近いと楽しみにしていた.しかし,誠は忽然と姿を消し,再び警察に追われる身に…. |
保護司と犯罪者,それを取り巻く社会との関係を掘り下げ,人間再生というテーマに挑む.監督の岸善幸は,現実の社会問題を背景に演出を施し,有村架純,森田剛をはじめとするキャストが世界観を支えている.本作において印象的なのは,保護司という制度を通じて描かれる「社会の見えざる"支え手"」の存在である.保護司は,日本独特のボランティア制度であり,犯罪者や非行少年が社会に復帰するための架け橋を担う.しかしながら,その活動は世間にほとんど知られておらず,無償で行われるその献身は,制度の中で過小評価されがちである.保護司の高齢化が進む一方で若年層の参加が少ない現実があり,本作の主人公(阿川佳代)が20代で保護司を務める設定は,この問題に対する一種の希望を示す.
佳代の存在は「無償の善意」の現代的な意義を問いかけ,自己犠牲的な「善」ではなく,罪を犯した人々と向き合いながらも自分自身の人生に悩む「未完成な人間」として描かれる.佳代の過去は劇中で詳細に語られるわけではないが,人を支えながら自身も支えを求める姿勢が,保護司という職務の象徴的な側面を映し出す.このキャラクターは,実際の保護司の声に基づいて構築されており,制度の光と影の両方を表現している.また,犯罪者像も興味深い.森田剛演じる前科者(工藤誠)は,殺人の過去を持ちながらも更生を目指す一方で,再び連続殺人事件の容疑をかけられる.この男は,社会から孤立し,自らの居場所を失った一人の人間として描かれる.
工藤の背景には幼少期の家庭内暴力や,社会での孤立があり,犯罪に至った過程が明らかにされることで,観客は犯罪者を一面的に裁くことの難しさを突きつけられる.工藤というキャラクターの魅力は,その「沈黙」にあり,森田は台詞が少ない中で,表情や仕草だけで内面の葛藤を見事に表現している.保護司と対峙する場面では,言葉ではなく存在感そのもので,彼が抱える罪悪感と再生への迷いが観客に伝わる.赦しとは何か,誰が誰をいかに赦すべきか――本作では,この問いを保護司という中立的な立場の人間を介して観客に提示している.無論,佳代は工藤を赦す権利を持っていないが,彼の人生に向き合う中で,自身の中にある偏見や不安とも向き合うことになる.赦しとは,加害者だけでなく被害者や社会全体にとっても複雑なプロセスであり,この映画はその難しさを描き出す.
演出手法にも注目すべき点が多い.岸監督は静寂や空間の使い方に特化しており,佳代と工藤がただ同じ場所にいるだけで,言葉以上の物語が語られる.この手法は,観客にキャラクターの内面を感じ取らせる効果を発揮し,音楽を排除した場面では,人物の存在そのものが観客に問いかける発信力となる.岸監督は「音楽に頼りすぎると感情を押し付けてしまう」という信念を語っており,その結果,観客に想像の余地を与える演出が成功している.映画全体を貫く「罪と赦し」は,人間の根源的な問いである.物語に託して提示される「罪業」「社会」の対話は,いかに他者を捉え,赦し,受け入れるのかという問題に直結するが,リアリティを与えた森田剛のメソッド演技だけでも一見の価値がある.
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原題: 前科者
監督: 岸善幸
133分/日本/2021年
© 2021 香川まさひと・月島冬二・小学館/映画「前科者」製作委員会