| 栗山英樹監督としての集大成刊行.監督になって知った「監督の役割」「監督と人事」「監督と選手」「監督の資質」など後世に残したい経験知をまとめた848頁にわたる大作――. |
野球監督の指導を通じて,リーダーシップや組織論の本質を探る848ページ.独自の指導哲学と,数々のエピソードが盛り込まれている.著者が大谷翔平を指導した際,並外れた才能を認識しつつも「特別扱いしない」という方針を徹底した.この判断は,大谷が環境を変えても自己を律し,成長を続けるための基盤を作る一助となったはずだ.学生時代,著者は恩師から「特別な才能を持つ者ほど,平凡さの中で育つべきだ」と教えられたという.一方,選手への指導方法には,意外な側面がある.選手に「靴を揃える」ことを徹底させたが,その理由は礼儀や規律を重視するためではなかった.
靴を揃える行為を通じて,選手たちが自分自身と向き合い,小さな行動の積み重ねがやがて大きな成果を生むことを体感してほしかったと述べる.実際,大谷もこの教えを日々実践し,その成果として,ロサンゼルス・エンゼルスでの活躍に至るまでの成長を遂げた.細やかな指導が,著者が語る「人を輝かせる」監督の役割の一端を示している.本書には,著者が影響を受けた師とも言うべき人物たちの教えが織り込まれている.元福岡ダイエーホークス監督の根本陸夫から学んだ「選手を信じすぎるな」という言葉は印象的だ.
一見冷徹に聞こえるが,選手が本来持つ力を引き出すためには,過度な期待や依存を避け,自らの力を信じられる環境を作るべきという深い意味が込められている.この考え方は,選手との距離感を調整する上での重要な指針となり,選手の主体性を育む基盤となった.さらに,監督として大切にしていたのが「自分が正しいと思わない」という姿勢である.必ずしも謙虚さを示すものではなく,常に新しいアイデアや視点を受け入れる柔軟の姿勢があったからこそ,データ分析や心理学的アプローチといった新しい手法を積極的に取り入れ,時代に即した指導を実現できたという.
選手に求めた「稚心を去る」という言葉は,未熟な考え方や感情を自覚し,それを克服することで人間としての成長があるという哲学だ.著者自身が監督生活を通じて体得したものであり,選手たちにも同様の成長を期待した.本書には監督として直面した失敗や葛藤も赤裸々に描かれている.苦い体験から「失敗は成功の一里塚」と繰り返し述べており,2016年の日本シリーズでの敗北について,理論だけでは勝てないと痛感したという.勝利のためには時に直感や感覚に頼ることも必要と学び,後の指導に活かした.現代の認知科学が示唆する「意識と無意識の統合」にも通じるものであり,短期的な判断力を高める研究対象として興味深い.
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原題: 監督の財産
著者: 栗山英樹
ISBN: 4847074173
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