■「コロンバス」コゴナダ

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 韓国系アメリカ人のジンは,講演ツアー中に倒れた高名な建築学者の父を見舞うため,モダニズム建築の街として知られるコロンバスを訪れる.父の回復を待ちこの街に滞在することになったジンは,地元の図書館で働く建築に詳しい女性ケイシーに出会う.父親との確執から建築に対しても複雑な思いを抱えるジンはコロンバスに留まることを嫌がり,一方でケイシーは薬物依存症の母親の看病を理由にコロンバスに留まり続ける….

 築を媒介に,人間関係の再構築と内面的な成長を描き出した異色のドラマである.インディアナ州コロンバスが,登場人物たちの心象風景を反映する舞台装置として機能している.コロンバスは「大草原のアテネ」とも呼ばれ,人口5万人の小都市に点在する建築物は,エリエル・サーリネン(Gottlieb Eliel Saarinen),エーロ・サーリネン(Eero Saarinen),I.M.ペイ(Ieoh Ming Pei),リチャード・マイヤー(Richard Meier)といった巨匠によるものである.これらの建築が街並みに溶け込みながらも際立つ理由は,J.アーウィン・ミラー(Joseph Irwin Miller)が設立したカミンズ財団による積極的な資金援助にある.ミラーは良い建築は良い市民を生むという理念を掲げ,公共建築の設計費を財団が負担することで,地元に最先端の建築が実現した.

 映画に登場するファースト・クリスチャン教会は,アメリカにおけるモダニズム教会建築の先駆けとされ,アーウィン・ユニオン銀行は機能美の象徴として知られる.これらの建物は,キャラクターの心情や対話と絶妙に絡み合い,物語の進行を補完している.ブルータリズムの代表作であるサウスサイド小学校は,ジンが「残酷だ」と評する場面で使われ,建築が感情を語らせる役割を担っている.ジンは,父との確執に苦しみながらも建築の街に立ち寄ることで,自身の価値観や感情と向き合う.一方,ケイシーは,母親を支えるため夢を諦めた若者である.二人の対話はモダニズム建築を媒介として展開し,ケイシーがジンに街を案内するシーンでは,建築物が二人を繋ぐコミュニケーションとして機能する.

 コゴナダ(Kogonada)は,小津安二郎の影響を公言しており,その静かな構図や間の取り方,建物を正面から捉えたカットや,キャラクターの間に静けさを漂わせる演出は,小津映画の特徴である「引きの美学」を想起させる.この手法により,登場人物の心情がじっくりと伝わる.映像とともに注目すべきは,アンビエントバンド,ハンモック(Hammock)による音楽である.コゴナダは,ハンモックの「不在と存在」という概念に感銘を受け,映画音楽を依頼した.ハンモックの音楽は,静寂の中に潜む感情を引き出し,建築と人物の間にある空間を音で満たす.音楽が物語の静けさを際立たせ,観客を深い没入感へと誘う.コゴナダがこの街を選んだ理由は,コロンバスを訪れた際に受けた感銘にあるという.

 コゴナダは,コロンバスの建築には詩的な力があり,映画の物語を語るうえで理想的な舞台だったと述べている.さらにコロンバスは,舞台以上の意味を持ち,アーウィン・ミラーが信じた「建築が人々の生活を向上させる」という理念は,ジンとケイシーの成長の物語と重なる.二人が建築を通じて自己を再発見し,新しい一歩を踏み出す過程は,街が持つ象徴的な力を反映し,人間と建築の相互作用を雄弁に語る.ジンとケイシーが対照的な境遇にありながら建築を通じて繋がる様子は,あたかも意思を持つかのような建築が普遍的な共通言語となる可能性を示している.コゴナダは,静かな余韻を残す語り口で,建築と人間の関係性を問い直す作品を生み出した.

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原題: COLUMBUS

監督: コゴナダ

103分/アメリカ/2017年

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