▼『映像のポエジア』アンドレイ・タルコフスキー

映像のポエジア ――刻印された時間 (ちくま学芸文庫)

 うちに秘めた理想への郷愁‥‥映画の可能性に応える詩的論理とは何か.映像の詩人がおよそ二十年に及ぶ思索を通し,芸術創造の意味を問いかける.その理念が有機的統一をもって結晶する〈イメージ〉.『惑星ソラリス』『鏡』『サクリファイス』など,生み出された作品は,タルコフスキーの生きた世界の複雑で矛盾に満ちた感情を呼び起こす――.

 的かつ哲学的な深遠さで知られるアンドレイ・タルコフスキー(Andreĭ Arsenʹevich Tarkovskiĭ)は,「アンドレイ・ルブリョフ」(1966),「惑星ソラリス」(1972),「ストーカー」(1979)など,視覚芸術の枠を超えて人間存在の本質に迫り,映画を新たな次元に引き上げた.創作哲学,具体的なインスピレーション源,そして映画製作の背後にある精神的・芸術的探求が詳細に語られている.映画における時間とリズムの重要性を中心に据えたタルコフスキーの主張は,映画理論に新たな視座をもたらすものだった.

 映画映像の支配的かつ万能な要素はリズムであり,それはフレーム内で時間の流れを表現すると述べたように,作品は時間そのものを彫刻する試みであった.タルコフスキーの映画は,19世紀ロシア文学の偉大な伝統を継承しつつ,独自の映像詩学を築き上げた.「鏡」(1975)では記憶と夢,現実が交錯し,父であり詩人でもあったアルセニー・タルコフスキー(Арсений Александрович Тарковский)の詩が多く引用される.表現の自由を求めて1984年にソ連を離れた後,西欧で「ノスタルジア」(1983),「サクリファイス」(1986)を製作した.

 これらの作品では,祖国を離れたことで生じた精神的葛藤と,普遍的な人間の孤独が描かれている.本書からは,タルコフスキーの映画製作に対する哲学だけでなく,彼の人間性も垣間見える.観客との対話を極めて重視していたことは,本書の序文における手紙の引用から明らかである.観客からの手紙には,評価とともに困惑も含まれていたが,タルコフスキーはそれに対して誠実に応答し,自らの創作意図を伝えようとした.本書の執筆には映画評論家オルガ・スルコワ(Orga Surkowa)が大きく貢献した.

それ独自の事実のフォルムと表示のなかに刻み込まれた時間――ここにこそ,私にとって芸術としての映画の第一の理念がある

 「アンドレイ・ルブリョフ」製作中に行われたスルコワとの議論は,現代文明の表層を越えた精神的な実在に触れることを目指すことが語られている.その過程で,タルコフスキーは俳優の演技,脚本,映像美術といったあらゆる映画的要素を駆使し,人間存在の核心に迫る表現を追求した.タルコフスキーの遺した思想は,映画芸術の可能性を広げるだけでなく,人類全体に対して深い問いを投げかけ続けるものだ.遺作「サクリファイス」を含む作品群――監督作はわずか9作品しか存在しない――は,映像詩人としてのタルコフスキーの思想と感情を結晶化したものであり,現代においてもなお,新たな解釈と発見を誘発している.

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Title: ЗАПЕЧАТЛЕННОЕ ВРЕМЯ

Author: Andreĭ Arsenʹevich Tarkovskiĭ

ISBN: 448051130X

© 2022 筑摩書房