| 不眠症に悩む若きエリートのジャック.彼の空虚な生活は,謎の男タイラーと出会ってから一変する.自宅が火事になり,焼け出されたジャックはタイラーの家へ居候することに.「お互いに殴り合う」というファイトにはまっていく二人のもとに,ファイト目当ての男たちが集いあうようになる.そして秘密組織"ファイト・クラブ"がつくられた…. |
直感的なアプローチとストーリーライン,強力な反社会的メッセージを通じて,20世紀後半を象徴する問題作として位置づけられる.スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)「時計じかけのオレンジ」(1972)が70年代の時代精神を抉り取った作品だとすれば,本作は90年代版の後継とも言える.消費主義が肥大化し,男性性のアイデンティティが揺らぐ時代に,デヴィッド・フィンチャー(David Fincher)の手によるビジュアルの力があり,それは現代の多くのスリラー映画が欠いている要素でもある.製作段階から期待値は高かった.チャック・パラニューク(Chuck Palahniuk)による原作小説は,多くの読者を魅了してきた.主要キャストも豪華である.主演のブラッド・ピット(Brad Pitt)は,本作を通じてハリウッドの美形俳優のイメージから脱却し,個性派俳優としての地位を確立する試みを行った.それまでの演技に懐疑的な観客も,本作での自由奔放で危険なタイラー像に心を動かされるだろう.エドワード・ノートン(Edward Norton)は,現代映画界で知的かつ柔軟な俳優としての名声をさらに高めた.ノートンが演じた語り手(通称"ジャック")は,シニカルでありながらどこか純粋さを秘めた人物である.ヘレナ・ボナム・カーター(Helena Bonham Carter)は,優雅なイメージを覆し,壊れやすくも挑発的なマーラを体現した.
物語の冒頭,ジャックは大手自動車メーカーのリスク管理担当者として,平凡かつ物質主義的な生活に埋没している.睡眠障害をきっかけに訪れる自助グループでの体験は,感情的な浄化をもたらし,やがて中毒となる.この設定自体,現代人がいかにして疑似的な共同体に依存しがちであるかを示している.そこに登場するマーラは,ジャックの虚構的な安定を揺さぶり,彼の心のバランスを崩していく.物語の核心はタイラーとの出会いである.象徴するのは,現代社会の枠組みを拒絶し,混沌と破壊の中に新たなルールと自由を見出そうとする姿勢だった.この考え方は極端ではあるが,当時の消費社会やグローバリゼーションへの反発として多くの共感を呼んだ.タイラーが作る石鹸がリポサクション(脂肪吸引)で得た人体の脂肪から成るという設定は,商品化と人間性の消費というテーマを描いている.フィンチャーの演出は,映画を社会風刺以上のものにしている.登場人物の生活空間がイケアのカタログのように画面上で視覚化される場面,数フレームだけ挿入される隠しカットなど,細部に至るまで緻密な映像表現が施されている.非線形的な時間軸や語り手の不確実な視点の演出が,観客の没入感を高める.これらはすべて,視覚的なトリックではなく,物語の核心に関わる重要な要素として布置されている.
暴力描写については,公開当初から激しい議論を呼んだ.「時計じかけのオレンジ」と同様に,暴力を肯定するのではなく,それを通じて社会や人間性の暗部を浮き彫りにしている.闘いを通じてメンバーが得る解放感は,現代社会がいかに個人を抑圧し,無力感を植付けているかの糾弾であって,暴力の根底にある社会的病理こそが主題なのである.本作公開後,社会的メッセージはさらに強い意義を持つようになった.同時多発テロ9.11以降,社会秩序の脆弱さや暴力の根源的な問題についての議論が活発化したが,本作が描く現代社会の罠とも呼べるテーゼは依然消えていない.消費文化の過剰,アイデンティティの喪失という問題は,今日の社会でも見過ごすことのできない課題であり,タイラーの言葉「我々はライフスタイルという名の執着の副産物」は,本質的な問いを投げかける.脚本,演技,演出,すべての要素が高度に洗練された本作は,暴力と解放という表裏一体のテーマを通じて,現代社会の虚無と再生の可能性を鋭く抉り取った.様々な解釈と論争を促す映画には,時代を超えた警鐘としての価値が見出される.タイトルシークエンスは,語り手の脳内の偏桃体からのリワインドであり,ジャックの恐怖衝動によって引き起こされた思考プロセスを表す.
演出は,フィンチャーによって考案され,映画の残りの部分とは別に予算が組まれた.スタジオは,映画自体が優れている場合にのみ,追加資金を提供するとフィンチャーに伝えていた.撮影開始後,予定されていた5,000万ドルの予算が6,700万ドルに膨れ上がったため,製作総指揮アーノン・ミルチャン(Arnon Milchan)はフィンチャーに少なくとも500万ドルの予算削減を命じた.完璧主義のフィンチャーは,作品性を損なうとしてこれを拒否し,ミルチャンは製作を降板した.しかし,ミルチャン所属のリージェンシー・エンタープライズが予算2,500万ドルを提供していたため,彼なしでは製作を進められなかった.そこで,20世紀フォックスのスタジオ責任者ビル・メカニック(Bill Mechanic)はミルチャンに復帰を懇願し,映画の長所をミルチャンに説明するために進捗を送り始めた.撮影現場の生の映像を3週間見た後,ミルチャンは製作現場に戻り,予算を6,700万ドルに増額し,リージェンシー・エンタープライズの投資を3,400万ドルに増額することを承認した.ファイト・クラブ加入者に課せられるルール(第一条から七条)のうち,第一条および第二条「ファイト・クラブについて口にしてはならない」は,2007年にPremiereが発表した「映画の名セリフ100選」で27位にランクされた.
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原題: FIGHT CLUB
監督: デヴィッド・フィンチャー
139分/アメリカ/1999年
© 1999 20th Century Fox
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