| 有罪率が非常に高い日本の刑事裁判.一方で,死刑などの重大事件で,再審の結果,無罪となるケースも出てきている.在職中,いくつもの無罪判決を出し,そのすべてが確定した裁判官は,いかにして無罪を見抜いたのか.被告人,証拠と向き合う姿勢,裁判官と検察の関係などを率直に語る.現在の日本の司法制度を考える際に必読の書――. |
日本の刑事裁判では,起訴されれば99.9%の確率で有罪になる.そのような状況下で無罪判決を下すには,判決の論理が盤石である必要がある.検察が控訴すれば,その多くは高裁で覆される傾向にあるからだ.著者は,刑事裁判において際立った実績を残した裁判官だった.30件以上の無罪判決を下し,ほぼすべてのケースで確定した.無罪判決が確定すること自体が稀であるにもかかわらず,判決は検察の反論を許さなかった.統計的には6〜7割の無罪判決が控訴審で覆るとされている.つまり,著者の無罪判決が確定したという事実は,論理構成が極めて強固であり,検察が控訴しても覆す余地がなかったことを意味している.基本姿勢は,推定無罪の原則を徹底することであった.近代刑事司法の根幹を成す原則であり,具体的な判決の積み重ねによって証明された.
被告人の弁解を本気で聴き取り,徹底的に証拠調べを尽くす.そうしているうちに,当初はとても成立しそうもないと思われた弁解が証拠上裏付けられることがしばしばありました
被告人の供述に虚心坦懐に耳を傾け,証拠を綿密に検討したため,下された無罪判決の被告人たちから感謝の言葉が寄せられることも少なくなかった.刑事司法において冤罪を防ぐことは裁判官の重大な使命であり,著者はこの使命を忠実に遂行したと評価される.最高裁調査官として,憲法判例の形成にも深く関与した.「四畳半襖の下張」事件,『月刊ペン』事件,エンタープライズ寄港阻止佐世保闘争事件――多くの重要な裁判でその理論的精緻さを発揮した.判例分析は鋭い洞察に満ち,日本の憲法解釈の発展にも寄与している.表現の自由や刑事司法に関する判例においては,法の基本理念を具現化する役割を果たした.著者は,裁判官の資質について独自の見解があった.それによれば,裁判官は3つのタイプに分類される.
第1は,警察や検察の主張を盲目的に信じ込み,被告人の供述を退けるタイプ(「迷信型」).約30%を占める.第2は,被告人の立場を慎重に考慮し,推定無罪の原則を厳格に適用するタイプ(「熟慮断行型」).わずか10%程度しか存在しない.最も多数派を占めるのは,周囲の意見や上級審の評価を過度に気にし,最終的に検察の主張を追認する裁判官(「右顧左眄型」)である.これは約60%を占めるという.この現状に,著者は強い懸念を抱いていた.裁判官の類型分類は,日本の刑事司法制度の問題点を明確に浮き彫りにする.「右顧左眄型」の裁判官が多数を占めることで,裁判所が独立した判断を下すのではなく,検察の意向に沿った判決を出す傾向が強まる.これこそ,日本の刑事裁判が「検察官司法」と揶揄される要因である.
著者は,この状況を憂慮し,裁判官が真に独立し,法の精神に則った判断を下すべきであると主張した.裁判官としての正義とは何か.それは,法律を杓子定規に適用することではなく,法の精神を深く理解し,それを実践することにある.著者は,1963年に判事補に任官し,東京地裁の刑事部に配属された.令状専門の刑事14部で勾留請求を却下する日々が始まった当時の雰囲気について,却下しないと恥ずかしいという風潮があったと述懐している.この事実は,司法権行使者の信条は職務と職場の環境から多大な影響を受けることを示している.裁判官は,中立の立場で公正な裁判をするために,その良心に従い独立して職権を行使することが求められる.日本の司法の独立性が保たれるかどうかは,裁判官の姿勢にかかっている.「熟慮断行型」の存在が減少し,検察の意向に沿った判決が横行することは,日本の刑事司法の未来に暗雲をもたらすだろう.
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原題: 「無罪」を見抜く―裁判官・木谷明の生き方
著者: 木谷明
ISBN: 4006033206
© 2020 岩波書店
