| 地方の名家に生まれた川崎誠は,父への反感を胸に徹底した合理主義者として一高,東大へと進むが,ある日大金を詐欺で失った事から今度は自分で金融会社を設立する.それはうまく行くかに思われたが‥‥戦後世間を賑わした光クラブ社長の自殺に至る波乱に満ちた短い生涯を素材にして,激しい自己反省癖と自意識過剰の異様で孤独な青春を描いて作者独自のシニシズムに溢れる長編――. |
短期間で莫大な利益を得るも,広告で高利貸しを行う学士金融「光クラブ」は,目立ち過ぎた.GHQの物価統制令を背景に,光クラブは起訴される.最高学府の法学徒であった山崎晃嗣は,不起訴を勝ち取るが,3,000万円の債務不履行に行き詰まって自殺を選んだ.三島の作品の中では,本書は無骨な構成で,三島本人も完成度の低さを認めていた.山崎の没頭する数量刑法学理論の描写など,露悪的な深層心理に迫る手法としては拙い.けれども三島は25歳でこれを著し,「贋物の英雄譚」を創り上げる挑戦の気概を示した.
ナルシズムを持った文学的出発,「無益で精巧な一個の逆説」をみせた『仮面の告白』と近似しているだろうか.アプレゲールの前哨にあるべきアバンゲール(戦前)の有意味性を窺わせ,戦後世間を賑わせた光クラブ社長の自殺に至る波乱に満ちた短い生涯を素材にし,経済犯罪の系譜に光クラブ事件を位置づけることで,戦前と戦後の社会構造の変遷をより鮮明に捉えられる.山崎の遺書には,舞台意識が顕著に表れている.彼の死は絶望ではなく,一つの演劇的自己表現だった.事実,山崎はかつて学生演劇の脚本を書いた経験があり,その影響が遺書の演出にも現れている.
…堕落した時代だ.僕は金を盾にしてこの堕落から身を護ろうとした.金が理解し,金が口をきく以外に,人間同士は理解される義務もなく,理解する権利もない,そういうユートピアを僕は空想したんだ
死後,多くの学生が生き方を模倣しようとし,一部は実際に違法金融業を試みた記録がある.加えて,事件をモデルにしたフィクション作品が相次いで発表され,日本社会の戦後復興期における闇を象徴する存在となった.光クラブ事件の余波は文学だけでなく,後の日本経済にも奇妙な形で影響を与えた.バブル経済期に登場した金融ベンチャー企業の中には,光クラブの手法を参考にしたとされるものもある.無担保融資の概念や,広告戦略を駆使した資金集めの手法などは,後の消費者金融業界に間接的な影響を与えた可能性が否定できない.
「貸借法すべて青酸カリ自殺 晃嗣 午後11時48分55秒呑む.午後11時49分ジ・エン」と,“ジ・エンド”まで書くことのできなかった遺書の芝居性,戦後世代の異様な価値観を代弁する事件の一角――そう世論の脳裏に記録せしめたのは,山崎の命日1949年11月25日のことであった.奇しくも,市ヶ谷駐屯地で三島由紀夫が自決を遂げたのは1970年11月25日.両者は大学の同窓関係にあったが,ほとんど交流を持たなかった.孤独を恐れ,時代に怨嗟しながら自ら命を絶った点において,ただならぬ共通性を感じざるを得ない.
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原題: 青の時代
著者: 三島由紀夫
ISBN: 4101050201
© 1971 新潮社
