■「7月4日に生まれて」オリヴァー・ストーン

7月4日に生まれて スペシャル・エディション [DVD]

 アメリカの独立記念日に生を受けたロン・コヴィックは,高校卒業後,強い愛国心と将来への希望を胸に海兵隊に入隊し,ベトナムへ旅立つ.だが戦場は,彼の想像を遥かに超えた凄惨たるものだった.ロンは混乱のあまり部下を撃ち殺してしまい,敵の凶弾により,自身も下半身不随となってしまう.その後,故郷に帰ったロンを待っていたのは,高まりつつある反戦運動だった.誇りを持って帰国したつもりが,逆に憐れみの目で見られる毎日に,ロンは徐々に自分を見失い….

 リヴァー・ストーン(Oliver Stone)〈ヴェトナム戦争三部作〉の中間章に位置し,ヴェトナム戦争の英雄から反戦活動家へと転じたロン・コヴィック(Ron Kovic)の自伝的小説から,個人の愛国心と戦争の現実との乖離を映像化した作品である.映画は4つの主要なパートで構成されている.第一部は1950年代から1964年までのニューヨーク州マサペクアを舞台に,少年時代のコヴィックがいかにして愛国的な価値観を内面化していったかを描く.この時期の映像はノスタルジックで,フランク・キャプラ(Frank Russell Capra)の映画を思わせるほど理想化されている.これは後に続く現実との対比を際立たせるための演出である.第二部は1968年のヴェトナム戦場に移る.コヴィックは優秀な兵士として戦うが,誤情報に基づいて民間人を虐殺,さらに友軍を誤射してしまう.この誤射の罪悪感が後の人生を決定づけた.

 戦闘シーンは「プラトーン」(1986)に似た短くも苛烈な描写であり,戦争の混乱と不条理が強調される.コヴィックは戦闘で重傷を負い,帰国を余儀なくされる.第三部は,ブロンクスの退役軍人病院での過酷なリハビリ生活を描く.そこは設備不足と医療体制の崩壊が顕著な場所であり,兵士たちは薬物や絶望に沈んでいた.ネズミがはびこる病室のシーンは衝撃的で,政府の無策さを痛烈に批判している.コヴィックは家族の元へ戻るが,英雄として迎えられた一方で,社会から疎外され,心の平穏を得ることはできない.最終部では,コヴィックの反戦活動への転向が描かれる.思想の変遷は急ぎ足で描かれ,前半からの展開から見ると唐突に感じられる.帰還兵がヴェトナム戦争に疑問を抱くようになる過程は理解できるものの,情緒的な説得力に欠け,メキシコでの放蕩生活のシーンは映画のテンポを乱しているようにも見える.

 1962年7月3日生まれのトム・クルーズ(Tom Cruise)は,初めて退役軍人の演技に挑戦し,高い評価を受けた.「トップガン」(1986)の自信に満ちた青年マーヴェリックとは対照的に,戦争の苦悩を体現し,内面的な葛藤表現に努めている.しかし,批評家の中には終始一貫してヒステリックな演技と評する者もおり,感情の振れ幅の少なさが指摘される.ストーンは陸軍に志願し,空挺部隊の偵察隊員としてヴェトナムで従軍した実体験を踏まえ,ヴェトナム戦争の過ちを記録しつつ,公式謝罪を拒否し続けるアメリカの特異性を描いている.コヴィックは1976年の民主党大会で演説を行うが,これは東側諸国の自己批判と同質のものとしても解釈できる.ストーンは,アメリカ政府が戦争加害の謝罪をしない代わりに,映画がその役割を果たすのだと示唆する〈ヴェトナム戦争三部作〉を完成させた.

 コヴィックが麻痺した後のシーンを撮影している間,クルーズはできる限りセット外でも車椅子を使用していた.撮影のために麻痺患者をリアルに演じるため,一時的に脚を麻痺させる注射を希望していた.ストーンは,神経剤の使用を検討したが,永久的な損傷を避けるための安全な薬剤を見つけることができなかった.本作全体は,感情のレベルに応じて赤・白・青の色調で撮影された.戦闘シーンは赤みがかった色合い,夢のシーンは白,悲しみのシーンは青である.メキシコでコヴィックが机に座っているシーンでは,エーリヒ・マリア・レマルク(Erich Maria Remarque)『西部戦線異状なし』が机の上に置かれている.病院のベッドで自分が二度と歩けないと知らされるシーンでは,ダルトン・トランボ(Dalton Trumbo)『ジョニーは戦場へ行った』が見える.両作品は,第一次世界大戦を舞台にした反戦小説として名高い.

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原題: BORN ON THE FOURTH OF JULY

監督: オリヴァー・ストーン

145分/アメリカ/1989年

© 1989 Ixtlan