| 自殺が合法化された世界で,狂気の野望に取り憑かれた男の顛末を描く「名誉修繕人」.大理石に変じた恋人を巡る芸術家たちの幻想譚「仮面」.不気味なオルガン奏者からの逃亡劇「ドラゴン小路にて」.不吉な夢に追い詰められてゆく恋人たちの悲劇を描く「黄の印」.呪われた戯曲『黄衣の王』を軸に,日常を侵食する邪悪なるものの恐怖を,不穏で緻密な筆致で描く4連作.著者チェンバースの代表作にして,怪奇文学に決定的な影響を与えた傑作ホラーサスペンス――. |
チャットー&ウィンダス社による初版(1895年)には,9つの短編小説と一連の詩が収められていた.本書は,繰り返し現れるモチーフ,読む者に狂気を誘発する禁断の戯曲《黄衣の王》にちなむ4編の訳出である.劇は作中で全文が提示されることはなく,断片的な言及がかえって読者の想像力を刺激する.《黄衣の王》とは,戯曲タイトルでありながら,神秘的で悪意を持つ超自然的存在の名でもあり,さらには「黄の印」と呼ばれる不気味なシンボルとも結びついている.これらの要素は,厭世的な芸術家や退廃主義者を描く物語の中に編み込まれ,首尾一貫したホラー・アンソロジーというよりも,呪われた題材に汚染された作品集のように感じられる.
H・P・ラヴクラフト(Howard Phillips Lovecraft)をはじめとする後のコズミック・ホラー作家の影に隠れがちではあるが,ロバート・W・チェンバース(Robert W. Chambers)は怪奇小説の歴史において忘れがたい足跡を残した.作品群には悪夢,あるいは熱病に浮かされたような質感があり,現実が次第に綻び,信頼できない語り手がパラノイアと強迫観念に陥る様が描かれる.破滅の象徴として登場する「黄の印」,狂気へと導く呪われた劇,恐怖に満ちたハリ湖畔の都市カルコサ――奇妙なモチーフが物語に暗示的に差し込まれ,読者の不安を煽る.チェンバースが影響を受けた作家アンブローズ・ビアス(Ambrose Gwinnett Bierce)の短編「カルコサの住民」では,謎の都市カルコサに関する言及があり,チェンバースの創造した神話の基礎となった.
ラヴクラフトもまたチェンバースの幻想的な語りに強い関心を示し,黄衣の王やカルコサをクトゥルフ神話に取り入れた.しかし,チェンバースの後期の作品については「感傷的で霊感がない」と酷評している.チェンバースが後の作品では怪奇小説から離れ,ロマンスや歴史小説へと傾倒していったためである.スティーヴン・キング(Stephen Edwin King)『ダークタワー』シリーズにも黄衣の王やカルコサの影響が見られる.キングは自身の小説において,恐怖の描写と読者の想像に委ねる手法を積極的に活用しており,チェンバースの作風が色濃く反映されている.本書が不朽の名作とされる理由は,啓示ではなく暗示にある.禁じられた戯曲の全容は作中で明かされず,垣間見た者に破滅をもたらす.
チェンバースは,本質的な恐怖は認識の周辺に潜み,読者の想像力に委ねられて兆し,成長するものと理解していた.連環的な物語は不穏で呪術的な雰囲気を持ち,未知の脅威のヴェールに包まれる.ラヴクラフトは1927年に本書を読み,影響を受けたことを自身の作品で示している.代表作『闇に囁く者』には,ハリ湖や黄色の印などの言葉が散見され,クトゥルフ神話の一部として示唆によって恐怖を増幅させる手法を取り込んでいる.しかし,禍々しい怪物や邪神をアイコン的に描写し続けたラヴクラフトやキングは,通俗性を獲得したことと引換えに,アーサー・マッケン(Arthur Machen)『パンの大神』,本書の《黄衣の王》に見られる恐怖の仄めかしという文学性に致命的な限界を呈した.
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Title: THE KING IN YELLOW
Author: Robert W. Chambers
ISBN: 9798757396378
© 2021 Independently published
