| 舞台はロンドンのサロンと阿片窟.美貌の青年モデル,ドリアンは快楽主義者ヘンリー卿の感化で背徳の生活を享楽するが,彼の重ねる罪悪はすべてその肖像画に現われ,いつしか絵の中の容貌は醜く変り果てていく.慚愧と焦燥に耐えかねた彼は,自分の肖像にナイフを突き刺した‥‥快楽主義を実践し,堕落と悪行の末に破滅する美青年とその画像との二重生活が奏でる,耽美と異端の一大交響楽――. |
オスカー・ワイルド(Oscar Wilde)による唯一の長編,哲学的なゴシック文学である.1890年7月にアメリカの定期刊行物『リッピンコット』に中編小説版が掲載され,翌1891年4月に長編小説版が出版された.ドリアン・グレイの肖像画を描いた画家ホールワードを通じて,ドリアンはヘンリー・ウォットン卿と出会い,貴族的な快楽主義の世界観に魅了される.美と官能的な充足こそが人生において追求すべき唯一の価値であると説くウォットン卿に影響を受けたドリアンは,永遠の若さを求め,衝動的に自らの魂と引き換えに,肖像画が老い,自分は老化しないように願う.この願いが叶い,ドリアンは不道徳な生活を送るが,その悪徳は肖像画に刻まれていく――ワイルドはこの作品を通じて,道徳と価値観の相克が交差する様を探求している.
だが,絵は依然として,歪みのはいった美しい顔と残忍な微笑でかれを見据えている.輝かしい髪の毛は早朝の陽光を受けてひかっている.碧い眼がかれの眼とぴたりとあう.自分にたいしてでなく,自分のこの似姿にたいする涯しない哀憐の情が襲ってくる.既にこの絵は変貌を遂げ,今後もさらに変化してゆくのだ.その金髪は枯れて白髪と化し,紅と白の薔薇も死んでいってしまうのだ.自分がひとつ罪を犯すたびごとに,あらたな汚点が現れて,その美しさを穢し,台なしにするのだ
ドリアンは次第に快楽主義の限界を悟り,衰えぬ美貌と変貌する肖像画は,美の追求が倫理崩壊を招くことを示す点で,ギリシャ哲学,とりわけエピクロス派の快楽主義と道徳的相対主義を批判する側面を持つ.ワイルドは,芸術家の役割や美の価値を示すために,哲学的な格言を多用した.序文には「芸術家とは,美なるものの創造者である」から始まり「すべての芸術は無用である」といった逆説的な言葉が並ぶ.芸術の自律性を強調するワイルドの美学であろう.道教や荘子の哲学に影響を受けており,エッセイ「芸術家としての批評家」でも荘子の無為の思想に言及していた.
人間の行為が必ずしも道徳的な帰結を伴わない本作の根底に流れるテーマにも通じている.画家の冒頭の告白,あんな素晴らしい人間が年をとってしまうとは,という嘆きとともに,物語は転がり始めるのである.同性愛の表現も注目すべき点である.ヴィクトリア朝の厳格な社会規範の中で,ワイルドは登場人物の関係を通じて微妙ながらもそのテーマを表現した.ホールワードがドリアンに抱く感情は芸術的な賞賛を明らかに超え,当時の読者を挑発した.ドリアンの名前が古代ギリシャのドーリア人に由来するとする説もあり,古代ギリシャ人の同性間の絆を暗示している可能性がある.耽美的な魅力と深遠なテーマは,ワイルド自身のスキャンダラスな逸話と相まって評判を呼んだ.
1895年,ワイルドは同性愛による重大猥褻罪で逮捕・投獄されたが,罪の根拠として本書の同性愛的な表現が利用された.しかし,ワイルドはアール・ヌーヴォーの美学を取り入れ,文体においても洗練された比喩表現や華麗な描写を駆使している.他の著作と同様に,ウィットに富んだ会話,逆説的な表現が見られ,猥褻性よりもはるかに高い芸術性は省察的である.最終的に,ドリアンが自らの肖像画を破壊しようとする行為は,倫理と美の対立,自己認識と自己欺瞞の争いの破滅的帰結であり,強烈なカタルシスを与える.発表当初は道徳的な観点から非難を浴びたが,やがてゴシック文学の古典として評価されるようになった本書は,ワイルド自身の人生観,芸術観,倫理観が登場人物の言葉を通じて散りばめられ,快楽主義と人間の道徳責任を問う寓話である.
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Title: THE PICTURE OF DORIAN GRAY
Author: Oscar Wilde
ISBN: 4102081011
© 1962 新潮社
