
| 皇太子が籍を置く学習院高等科三年は特殊な学年だ.千谷吉彦は,殿下を勢力争いや虚栄の道具としか考えない殿下の学友たちを軽蔑し,反発していた.ある日吉彦らは乗馬で遠乗りを企て,殿下と鳥羽頼子とを会わせようと試みた.吉彦は,徳大寺侍従に殿下の遠乗りを許可するよう迫るが…. |
天皇制の批判や賛美に終始するのではなく,皇太子というやんごとなき身分的存在を取り巻く人間関係を丁寧に描き出した本作の特徴は,その映像表現にある.皇太子は直接画面に登場せず,存在はロングショットや主観ショット,あるいは白い手袋の手元のみで示される.この演出は,皇太子の神秘性を強調しつつ,いかに人間関係の中で特異な立場にあるかを効果的に示している.西河克己の演出は,過度にドラマティックになることを避けつつも,随所に抑えた感情表現を挿入することで,青春映画としての味わいを残している.銀座の夜のシーンでは,学友たちが皇太子を一時的に「自由」にさせるという行動が,彼らにとっての小さな反抗であり,皇太子に対する純粋な友情が演出的に描かれる.
カメラワークは,皇太子を画面の端に配置し,孤独を暗示する構図を取ることで,視覚的にも普通の若者とは異なる存在であることを浮彫りにする.演技面では,舟山役を演じた秋津礼二(三谷礼二)の自然な佇まいが印象的である.秋津は学習院大学在学中に出演したために退学処分を受け,後にオペラ演出家として成功するという波乱のキャリアを歩むことになる.皇太子をめぐる複雑な感情を内包しつつも,学友としての距離感を見事に表現している一方,皇太子役の黒沢光郎は,公募で選ばれたものの,顔を見せずに演じるという異例のスタイルを採らされた.これが逆に,皇太子という存在の見えざる威厳を演出することにつながった.
本作は,天皇を描いた映画の系譜においても興味深い位置を占めている.「ゆきゆきて,神軍」(1987),「軍旗はためく下に」(1972)は,天皇制そのものに対する批判的視点を持つのに対し,本作は「人」としての皇太子の孤独や人間関係に焦点を当てる.この点で,本作は抒情的かつ内省的な側面を強調する.フレーム構成や光と影のコントラストが巧みに用いられ,皇太子と学友の心理的な距離感を視覚的に表現することに成功している.皇太子が学友たちとともにいる場面では,皇太子だけがわずかに影の部分に置かれることが多く,存在の隔絶的暗示が徹底され,青春映画的な叙情性を維持しながらも,存在の特異性を表現するものとなった.
公開当時,皇太子の描き方に対して賛否が大きく分かれた.朝日新聞は,戦後の自由な学習院の風潮に対する復古調の動きとして批判し,読売新聞は皇太子を真摯に描いた作品として好意的に評価した.一方で,学習院側は製作に一切の協力を拒否し,出演した三谷を退学処分とするなど,当時の社会の緊張感が表れている.撮影中に三谷の自宅が右翼に取り囲まれ,日活には右翼から脅迫状が届き,監督の自宅にはピストルの銃弾が送り付けられたという.近年では,皇室の人間性に迫る試みとして再評価される傾向が強まっている.天皇の「人間宣言」以降,象徴天皇制のもとでの皇室の在り方に関する議論が活発になる中,本作が提示した「皇太子の孤独」というテーマは,現代の視点から見ても極めて示唆に富んでいる.
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原題: 孤獨の人
監督: 西河克己
82分/日本/1957年
© 1957 日活
