| ネイサン・オールグレン大尉は南北戦争にて名誉と国のために命を賭けた英雄であった.しかし,戦争が終わり,時代の変化とともに,彼が戦った戦闘は今や過去のささやかな出来事に変わり果て,さまよえる男となっていた.勝元はサムライ一族の長であり,深く尊敬されている男だ.明治維新後の日本,押し寄せる近代化の波の中,勝元はサムライの時代の終わりを察知していた.しかし勝元は戦わずして去るつもりはなかった…. |
西南戦争をモデルにした舞台で,僧侶然とした指導者が馬術と剣術を生命線とする反乱軍を率いる.勝元盛次という不平士族の領袖は,明らかに西郷隆盛を模した人物である.西郷は明治政府による廃刀令や徴兵制の導入に反発し,1877年に鹿児島で起きた西南戦争を指揮した.農民を中心に約3万人の軍勢を率いたが,旧式の武器や戦法に頼ったために新政府軍の近代兵器に敗北した.勝元が象徴する「武士道」は,西郷の「敬天愛人」(天を敬い人を愛する)の精神を反映している.西郷は戦闘時に軍服ではなく和装を貫き,最後の戦いでは自刃したとされる.本作における勝元の伝統への執着と死に場所を求める姿勢は,西郷の実像と重なる.勝元役の渡辺謙は,西郷隆盛に強い共感を抱いていた.役作りに際し,西郷の書簡や逸話を丹念に調べ上げ,西郷の静かな強さを勝元に反映させたと語っている.
国外の視点からすれば,万世一系を堅持する日本の天皇制を理解することは難しい.若き天皇を挟み,勝元と対立するのは国威保持を口実に武器商人に成り下がった大村である.大村益次郎がモデルと考えられるこの人物は,長州藩の出身であり,戊辰戦争での軍功を経て明治新政府の軍制改革を主導した.大村益次郎は日本陸軍の近代化を推進したが,その合理主義的な軍制改革は攘夷派や旧武士階級からの反発を招いた.大村は京都で暗殺未遂事件に遭い,傷がもとで死亡している.映画における大村の合理主義と勝元の伝統主義との対立は,この歴史的背景に裏付けられている.封建国家や絶対主義国家の崩壊後,革命を経て成立した近代国家の段階に突入した時期の日本.古来の精神性や伝統を遊離させていったこの歴史的前提が,国家と武士道の訣別あるいは保全という映画の大きな骨格を形成している.
死すら厭わぬ武士の潔癖な名誉意識,規律と日々の鍛錬を怠らぬ自律的な生活の様子が,原住民討伐の苦い経験を持つオールグレンの目を通じて丹念に描写される.しかし,本作は西部劇がネイティブ・アメリカンを蛮族として描き,制圧するコーカソイドの優越性を主張した構造と本質的に差がない.アメリカ西部開拓時代(19世紀後半)のインディアン戦争と西南戦争の構図には共通点がある.ともに近代化や国威発揚を掲げる国家権力が,伝統的な価値観を体現する勢力を時代遅れとして排除しようとしたからである.エドワード・ズウィック(Edward Zwick)は,ハーバード大学で元駐日大使エドウィン・ライシャワー(Edwin Oldfather Reischauer)から日本史を学び,「七人の侍」(1954)に触発されたという.ライシャワーは戦後アメリカの対日政策において重要な役割を果たし,アメリカに対する日本理解の促進に努めた人物である.しかし,ズウィックは新旧の価値観の衝突と盛衰の構図を,近代兵器と剣術の対立に単純化して描いた.
1543年の鉄砲伝来後,日本では鉄砲鍛冶の保護と利用が長らく継続されていた.黒田藩の火縄銃職人の技術が幕末期まで存続し,「七人の侍」でも鉄砲が重要な武器として登場していた事実を考えると,19世紀に改めて鉄砲に挑む勝元軍の無謀さは現実感を欠く.勝元は心身の鍛錬を続け,捕虜となったオールグレンから貪欲に知識を吸収しようとする.だが,不自然なほど流暢に英語を話す様子や,武士道に殉じることを誇りに斃れる姿には,ある種の違和感が残る.勝元の死には名誉の成就ではなく,歴史の歯車に巻き込まれた悲哀が色濃く滲む.勝元の最後の戦闘シーンはニュージーランドのタラナキ地方ニュー・プリマス郊外で撮影された.撮影地には地元のマオリ族が集まり,勝元の最後の突撃を見守ったという.19世紀にイギリス植民地軍との戦いで伝統的な戦法が近代兵器に屈した歴史を持つマオリ族が静かに見守ったのは,自らの歴史と勝元の姿に共感したからかもしれない.
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原題: THE LAST SAMURAI
監督: エドワード・ズウィック
154分/アメリカ/2003年
© 2003 Warner Bros. Pictures
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