▼『真相』マイク・タイソン

真相---マイク・タイソン自伝

 少年院で伝説の天才トレーナーに見出され,史上最年少のヘビー級チャンピオンへ.人生の師との悲しき別れ,悪徳プロモータードン・キングの陰謀,金目当ての結婚相手による裏切り,いわれなきレイプ事件,刑務所内での放蕩,出所後の王者への電撃返り咲き,伝説となったイベンダー・ホリフィールドの耳噛みちぎり事件,300億円の稼ぎ手から破産者へ,麻薬・アルコール,そしてセックス中毒,幼い娘の死,そして,そんなドン底からの更生‥‥これほど破天荒な人生を送った男が他にいるでしょうか――.

 上最年少でWBC世界ヘビー級王者となった瞬間から"アイアン・マイク"としてボクシング界を席巻したマイク・タイソン(Mike Tyson)の戦績は驚異的だった.プロデビューから19試合連続KO勝利を記録,1985年にはマイケル・ジョンソン(Michael Johnson)をわずか39秒で沈めている.タイソンのパンチ力とスピードはヘビー級の常識を超えていた.タイソンがジェームス・ダグラス(James Douglas)に敗れた1990年2月11日の東京ドームでの試合は,スポーツ史における最大級の衝撃と記憶されている.試合前,タイソンはトレーニングを怠り,恋人とのトラブルや乱れた生活に陥っていた.タイソン陣営は勝利を確信しており,試合用のバンテージを忘れてくるほどだった.敗北をきっかけにタイソンの人生は大きく傾き始める.

 この自伝は,美化や英雄視とは無縁である.タイソンは自らを傲慢なクソ野郎だった,と何度も語る.印象的なのは,名伯楽カス・ダマト(Constantine "Cus" D'Amato)との関係である.タイソンは世界チャンピオンになるために生まれてきた男と確信したダマトは,徹底したピーカブースタイル――ガードを固めつつ頭や肩を振り攻撃を回避する戦法――を叩き込んだ.タイソンがダマトを「カエサルやポンペイウスに似ている」と語ったのは,誇張ではない.ダマトは孫子『兵法』,宮本武蔵『五輪書』を参考にし,試合に臨む精神を鍛えたという.試合当日の選手控室で,タイソンは恐怖のあまりよく泣いていた.おそらくそれはタイソンだけではない筈だ.ダマトはまた,タイソンに人間性をも教えようとした.

 9歳から12歳までに51回も逮捕され,人間を信用せず可愛がっていた鳩にしか心を許さなかったタイソンにとって,ダマトは文字通り父親のような存在であった(実際に養子縁組を結んだ).レフ・トルストイ(Лев Толстой),アーネスト・ヘミングウェイ(Ernest Hemingway),ロマン・ロラン(Romain Rolland)の著名な文学作品を読ませ,人生の哲学を叩き込んだ.タイソンが特に気に入ったのはエミール・ゾラ(Émile Zola)『居酒屋』だった.ゾラが描いた労働者階級の苦悩と堕落に,タイソンは自身の幼少期を重ね合わせていたのかもしれない.ダマトの死後,タイソンはドン・キング(Donald "Don" King)という搾取者に取り憑かれることになる.プロモーターの立場を悪用したキングは,タイソンのファイトマネーから何千万ドルも搾取し,自身の娘が運営する架空のファンクラブ費用までタイソンに負担させていた.生前,ダマトはタイソンに「キングに近づくな」と忠告していたが,タイソンはその意味を深く考えることができなかった.

 リング上での成功がもたらした富と名声は,彼を頂点に押し上げた一方で,心を蝕んだ.薬物,酒,セックス,暴力に溺れた結果,体重は一時380ポンド(約172キロ)に達し,リハビリを繰り返しても抜け出せなかった.自伝の中でタイソンが語る「俺が死んだとき,墓には『ようやく安らげる』とだけ刻まれるだろう」という言葉は痛切である.イスラム教への帰依,愛する家族を得て精神的な救いを得たタイソンは,やっと過去の自分を許したと語る.現在はカリフォルニアで自家製のマリファナビジネスを経営し,成功を収めている.訪れたカス・ダマトの墓に,WBAのチャンピオンベルトを見せてシャンパンを注いだエピソードは,ダマトへの感謝と,自らの成功と苦悩をすべて抱えた人生が集約されている.全盛期にはリング上で無敵を誇ったタイソンが,転落からの再生を遂げ,人生の後半で静かな安らぎを求めている事実は,感慨深い余韻を残す.

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Title: UNDISPUTED TRUTH

Author: Mike Tyson

ISBN: 4478029024

© 2014 ダイヤモンド社