▼『アストロノミカ』マーニーリウス

アストロノミカ (講談社学術文庫 2798)

 紀元一世紀に活動したローマの詩人マルクス・マーニーリウスは,本作の著者としてのみ名を残した.天文学と占星術の区別がまだなかった時代に,星座の分布や天体の動きに関する知識だけでなく,それらがいかにして地上に働きかけるのかという問題にまで踏み込んだ本書は,最古の占星術書として計り知れない価値をもつ.ラテン語原典から初の全訳――.

 元1世紀初頭に六脚韻で書かれた占星術に関する教訓詩であり,ローマ文学史において他に類を見ない特異な存在である.全五巻から成るこの作品は,占星術を通じて宇宙の秩序と人間の運命の関係性を探求している.作品の再発見はルネサンス期に遡る.1416-17年,教皇秘書ポッジョ・ブラッチョリーニ(Poggio Bracciolini)が修道院で写本を発見し,現代に伝わるテキストが成立した.ブラッチョリーニは,他にも複数の重要な古典作品――キケロ,ルクレティウス,クインティリアヌスなど――を発掘した.

 本書の特異性は,その技術的内容と哲学的立場の融合にある.マルクス・マーニーリウス(Marcus Manilius)は黄道帯や星座の配置,惑星の動きと人間の運命への影響を詳細に論じており,こうした専門的内容をラテン詩に昇華させた点で独創的である.当時ティベリウス帝(Tiberius Julius Caesar)も占星術に強い関心を持っており,この作品に影響を与えた可能性がある.哲学的にも,マーニーリウスはルクレティウス(Titus Lucretius Carus)の影響を受けつつも,エピクロス主義の唯物論ではなく,ストア派の理性的宇宙観を支持している.

 宇宙が神によって理性的に支配されているという決定論的宇宙観を示し,これが後の占星術の宿命論と整合する論理を形成している.第五巻に存在する大きな欠落(ラクナ)は,作品の完成度に関する議論を引き起こしている.古典学の立場から,A・E・ハウスマン(A. E. Housman)はこの欠落により正確な占星図が作成不可能だと指摘し,カタリーナ・ヴォルク(Katharina Volk)は作品が未完成である可能性を示唆している.一方,G・P・グールド(G. P. Goold)は教訓詩に完全な包括性は必要ないとの見解を示している.

 本書が長く忘れられていた背景には,キリスト教世界での占星術の異端視と近代科学の発展による迷信的扱いがあったようだ.しかし20世紀のハウスマンとグールドによる綿密な校訂・翻訳により再評価が始まった.科学と詩,理性と神秘が分かちがたく結びついていた古代の世界観,宇宙法則と人間運命を巡る哲学的探求を詩的に表現した独創的作品である.ストア派宇宙観と占星術を統合し,決定論的宇宙を壮麗な詩として描いたマーニーリウスの才能は,古代ローマ文学における特異点といえるだろう.

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Title: M. MANILII ASTRONOMICA

Author: Marcus Manilius

ISBN: 4065377943

© 2024 講談社