| 40歳を過ぎた広告マンのレスター・バーナムと上昇志向たっぷりの妻キャロリン.彼らの家庭生活に潜む歪んだ真実が徐々に暴かれていく.妻は夫を憎み,娘のジェーンは父親を軽蔑している.そして会社の上司はレスターにリストラによる解雇を告げる.そんな毎日に嫌気が差したレスターは,人生の方向転換を図る.しかし,自由と幸せを求めるレスターを待ち受けていたのは,あまりにも高価な代償だった…. |
白いピケットフェンスに囲まれた郊外の家,安定した仕事,模範的な核家族――これらは数十年にわたりアメリカン・ドリームの象徴として称えられてきた.しかし多くの映画作家たちは,この表面的な完璧さの裏に潜む空虚さと矛盾を暴き出してきた.その系譜に連なる本作は,一見平凡なバーナム家の内部崩壊を冷徹かつ繊細に描く.主人公レスターは自ら語るように「何かを失った」中年男性.彼の告白――妻と娘は俺を巨大な負け犬だと思っている.そして彼女たちは正しい――には痛ましい自己認識が表れている.レスターは生きながら精神的に死んでいる状態,つまり麻痺に陥っている.一方,妻キャロリンは感情を犠牲にして社会的成功を追求する.彼女の頼れるのは自分だけという信条は,アメリカ社会が称揚する自立精神が極端化し,孤独と不信につながっている.夫妻の結婚生活は単なる見せかけに陥っている.
偽りの生活の最大の犠牲者は娘のジェーンである.親の不誠実さと機能不全を敏感に察知し,その環境から逃れようとあがく思春期の少女として描かれる.本作の核心は,人が社会的制約や自己欺瞞からいかに解放されるか,あるいは解放に失敗するかにある.レスターの目覚めは2つの契機から始まる.仕事を失う危機,娘の友人アンジェラへの執着だ.ここで重要なのは,レスターの変化が単純な逃避や退行ではなく,長年抑圧してきた自己を再発見するプロセスとして描かれることである.彼の言葉「もはや社会の奴隷でいる必要はない」には,自己実現への渇望とシステムへの反抗が凝縮されている.対照的に,キャロリンの変化は不動産業者「キング」との不倫という形で表れるが,これは真の解放にはつながらず,むしろ彼女の不満と孤独を深める結果となる.誰も自己欺瞞の檻から本当の意味では脱出できていない.
注目すべきは「見る」ことと「見られる」ことの関係性だ.隣家の少年リッキーはビデオカメラを通して世界を観察し,ジェーンの盗撮に焦点を当てる.当初は不気味に感じられる行為だが,次第にそれが世界認識の確実な方法であることが明らかになる.リッキーがビニール袋の舞う映像を世界で最も美しいものと表現するシーンは,真の美は完璧な表面ではなく,むしろ日常の些細な瞬間や脆弱さの中にこそ存在するという主張が込められている.サム・メンデス(Sam Mendes)の長編デビューとなった本作は,演出面での成熟度が印象的だ.「ハピネス」(1998),「アイス・ストーム」(1997)のような先行作品からインスピレーションを得つつも,独自のブラックユーモアと視覚的美学を確立している.コンラッド・L・ホール(Conrad L. Hall)の撮影は,人物の内面と外面の乖離を視覚的に表現している.トーマス・ニューマン(Thomas Newman)の音楽も物語の情緒的起伏を効果的に支えている.
レスターの死があらかじめ示されることで,物語の緊張感が部分的に損なわれているが,物語を語るレスターの視点を確立する意味は認められる.かつてのアメリカン・ドリームという理想が内包する矛盾と,その追求が個人に及ぼす心理的影響は,表面的な正常への執着が人間性を抑圧してしまう危険性を提示する.レスター・バーナムというキャラクターは,社会的期待と個人的欲求の狭間で葛藤する現代人の肖像として,20世紀終わりのアメリカ映画史に残る存在となった.映画のタイトル"AMERICAN BEAUTY"は,見た目は美しく魅力的だが,根や枝の裏側が腐りやすいバラの品種を指している.完璧な郊外生活の向こう側を見ると,根元に腐った何かが見つかるという暗示である.白い背景に赤のコントラストは,白いバスタブと白い天井に浮かぶ赤いバラの花びら,白いシャツと白い床についた血,白いガレージのドアの前にある赤い車,白いフレームと壁に囲まれた赤い玄関ドアなど,映画全体を通して使われている.
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原題: AMERICAN BEAUTY
監督: サム・メンデス
117分/アメリカ/1999年
© 1999 Dreamworks
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